元号廃止などと昔話

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昨今は再び新元号と絡んで、その不便さが囁かれているが、私は昭和時に三代も変わると元号は非能率的で愛されないと睨んでいた。しかし私は昭和しか知らないのでその後の展開は知らない。既にあの当時にまだその年号の人が沢山生きていた明治・大正と数えるのが面倒であったので、実感していたのだ。

昭和の音楽会のチラシに元号が記されていない。それどころか西暦も無い。このことで当時の状況を思い出した。少なくとも元号のイメージが悪かった。少なくとも外国の管弦楽団を聞こうとかするような知的階層には嫌悪されていた。天皇制の問題でもあるが、やはり裕仁を許せない人も多かったのは事実だろう。兎に角、高度成長の真っ只中ではそれほど気にする問題ではなかったので、少なくとも元号が法制化するなどというようなときになるまでは曖昧にされていた風潮があった。

そもそもあの当時は憲法改正などというと天皇制廃止のことしか考えなかったので、今こうやって日本を去ったのは当然とも言える。しかしその後日本を観察することで、やはり天皇は日本人には欠かせないと三島由紀夫などとほとんど変わらない考えに至った。どうせ私には関係の無いことである。

メーデーのTV中継に関しての評はまだあまり見かけない。話題になっていると書いたが、その演奏に関してはまだ何ら読んでいない。ローカルなバイロイトなどというオーヴァーフランケンの片田舎で催された催し物であり、総稽古はあったもののプレス関係者も座席数からそれほど集まっていなかったのだろう。そうなると私などは意地でももう少し触れてやろうかという気になる。早速とても珍しいことに、ARDのサイトからMP4を落とした。興味はなぜ上手く行っているのか、その指揮の極意を見極めたい。あれほどに世界指折りの気鋭の指揮者達が振っていてもなかなか出来ていないことがこの指揮者の下で可能となっている面があって、とても気になって来ている。それは主に自由にやらせて、その場のライヴのインスプレーションというところに係っているのだが、ある意味何を犠牲にして何を得たかという事でしかない。いずれにしてもキリル・ペトレンコ時代を先取りするようなフィルハーモニカーの演奏となっていて、あれがペトレンコの譜読みと精度で実現するのかと思うとまたまた身震いしてしまうのである。

パーヴォ・ヤルヴィの指揮は、その指揮者としてのキャラクター以上に、どこまでも渋く玄人向きだと感じた。なるほど当日の演奏会で皆感動したと語っているが、それは音楽的な事ではなくてこの指揮者が今後ベルリンで受け持つファミリーコンサートのような聴衆の感興を超えていないだろう。ブレーメンでの活躍もあまり知らないのだが、やはり地味を絵で描いたような指揮者だろう。同僚にはハーディングが居たというが、こちらの方はまだ客寄せになっていたのかもしれない。

昨年のミュンヘンの座付き管弦楽団に同行したイゴール・レヴィットが態々ヤルヴィ指揮のN饗のショスタコーヴィッチを聞きに出かけていたようだが、私が考えていたような興味とはまた違う興味があったのかもしれないと思い出している。その演奏の放送は聞いたが、ネットでの評価のようにはそれほど感心しなかった。態々聞きに行って詰まらなかっただろうなと思った。地味で地味でどうしようもないとなると余計に興味が湧いて来て仕方がない。

実際に来年からトーンハレ管弦楽団の首席指揮のポストというこの指揮者にとって六十に手が届こうかという齢で初めての一流のポストに就くことになって、まだまだプレス関係も目が醒めきれていないようだ。熱心に追っているのは、キリル・ペトレンコの問題のインタヴューをした元ベルリナーポストの記者で、現在のFAZの音楽筆頭記者ぐらいである。私なども先日のプログラム発表時のツェッチマンの話しを聞いていて、なるほどと思ったぐらいである。



参照:
インタヴュー、時間の無駄六 2016-08-13 | 文化一般
客演で残る指揮者達 2018-04-27 | 文化一般


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by pfaelzerwein | 2018-05-04 02:24 | 文化一般 | Trackback
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