企業秘密の領域へ先ず記憶にあるところから、初めての生ネルソンズ指揮を書いておこう。マーラーの交響曲では三楽章のコーダーで、再び冒頭の日本の幼稚園などでも歌われる「フレーレジャック」の短調版が「ディン・ドン・ダン」と戻ってくる。そこのテムポ運びが印象に残った。理由は最初の提示での基本テムポの遅さと、中間部での伸びやかな運びとの対照がとても強かったからだ。因みにアバドの録音を聴いてみると、そこは楽譜通りにその次の小節の急テムポのクラリネットがユダヤのクレッツマー音楽を強調している。寧ろここはバーンスタイン指揮ではあまり浮き上がらなく、その前のトラムペットの葬送の音楽と並行させている。アバドのマーラー解釈がそこで良く分かる反面、コントロールが効いていない可能性も無きにしも非ずだ。 今回は、最初の「ディンドン」のティムパニ―を倍速にしたようなのが印象に残っていて、明らかに次の小節の準備以上に、「ここからコーダですよ」というのを明白にしていた。同じような強調は二楽章スケルツォ楽章中間部トリオへの移行部で、楽譜通りならば二重線までのテムポで全休止が取られる筈なのだが、なぜかここでも次のホルンのソロに合わせたテムポ取りがされていた。先の三楽章とも合わせて和声の移り行きを上手に出すことがこの指揮者のモットーなのだろう ― まさしく新聞評の心はここにあった。 正直この辺りの指揮技術的な精査は出来ないのだが、テムポの移り変わりでの準備を丁寧にしているような印象もある。それが適切な楽譜解釈によるためか、若しくはキリル・ペトレンコまでの名人ではなくてもネゼ・セガンのような振り方が出来ないための妥協策なのかは判断がつきかねた。ペトレンコの指揮をこれだけ聞いているとそれが出来るものだとどうしても思い込んでしまっているのかもしれないが、よく分らない。 その他も色々と用心深く振っている印象があって、新聞評にもあったように、弱音域での表現の細やかさと音色的なイメージの適格さが素晴らしい。また就任演奏会での放送において良い印象を持てなかった新カペルマイスターのこの名門管弦楽団のアンサムブルや響きへの尊重も理解した。前回のブロムシュテット指揮に比較するまでもなく、細心の注意が払われていて、燻銀を超えて可成り渋い。それも楽曲様式や創作の性格によって、変わらないものもあれば、全く異なった管弦楽の性格を引き出してもいた。 見事だったのは放送でも分かっていたように、クラスターなどの入った新曲での演奏方針で、これは本当に立派で驚いた。今あの程度に現代音楽をこなす管弦楽団はドイツにどれぐらいあるだろうか?様式としては二十世紀後半でやや古めかしい部分と民族的な素材を利用する興味深い面を持ち合わせたアンドリス・ゼニティスの「マラ」と称する「交響楽団」のための作品で、先頃ライプチッヒで初演されたので、いづれ放送録音も出て来ると思う。ボストンとの共同での委嘱作品なのだが、ボストンでこれ以上に上手に演奏出来るとは限らない。それほどにシャープな響きも有機的に処理する機能性は連邦共和国のどの放送交響楽団も持ち得ていないと思う。確かにシャイ―時代に欧州屈指の指折りだったのが実感可能な機能的な交響楽団であり、座付き管弦楽団と比較などはそもそも無意味である。 その一方、それに続いてチャイコフスキー作曲のオペラピースが演奏されたが、これがまた得難いプログラミングとなっていた。要するにこの指揮者は生地の楽団でトラムペットを吹いていたというが、如何にもその思考自体が現場感覚の音楽家で、玄人に問うているようなプログラミングとなっている。先頃離婚した奥さんであるクリスティーネ・オポライスと登場する時こそ、態々この昔の旦那は第一ヴァイオリンとチェロの間を通って、それこそ主役から十歩離れて指揮台へと移ったが、指揮を振るや否や完璧に合わせて来ていた。兎に角、聞きもの見ものだったのはこの管弦楽団は奈落で演奏するように直ぐに切り替えて演奏するのだ。これには魂消た。初めてこのような状況を見聞きした。つまり、音が遅れて出て来るのだ。もうここまで来ると、企業秘密のような領域で、これ以上語れないと思う。「リサのアリオーソ」と「手紙の場」の間に挟んだポロネーズでも同じように演奏していたので、この不文律というか了解はどうなっているのだろうと思った。伝統と呼ばれるものだろうか?このプログラムでなければ、世界最大の管弦楽団ゲヴァントハウス管弦楽団の実力の真相が見えなかった。更にバッハでもアンコールすれば完璧だったかもしれない。(続く) 参照: 名門管弦楽団の演奏会 2018-02-24 | 文化一般 「死ななきゃ治らない」 2018-07-08 | 歴史・時事
by pfaelzerwein
| 2018-10-08 23:30
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