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お見事な司会進行

LINUXにMPlayerというアプリを使うようになった。理由は通常のVLCでは暮れに「こうもり」を録音した筈の音声96kHzが出ない。更に4.5GBの大きなファイルで動きが悪い。そこでMPlayerが軽く動くということで試してみた。なによりも音声の出力をDACに出せるのがよい。そもそも音楽映像などは音楽劇場作品を除いて有難がってはいないのだが、オペラなどでもいい音声で録画出来た時はそれなりに使いたい。だからこれを使いやすいSMPlayerというのを使ってみる。

結果96kHzの恩恵には与かれていないが、少なくともDACに直接接続可能で、画像も軽くきれいになった。音もいい。何回も流しているが、音質が向上して録音技術上の問題も顕著になってきた。要するにシュー向きのスタッフがマイクを並べているとしか思えない響きだ。

しかしそれでもシュターツカペレドレスデンの美しい響きは、例年の録画と比較して明らかだ。つまり同じ舞台構成でのティーレマン指揮のシュターツカペレとのジルフェスタ―コンツェルトの響きとは全く異なる。それどころ弦楽奏者も重なっているのが分かる。何たる違いだろうか。

年末にはヴィーンを意識したフィラデルフィアからのイヴコンサートが流されて、録音しながら眠り込んでしまった。そして年が明けてから聞いてみた。一曲目の「皇帝円舞曲」からして、ネゼセガンの指揮が如何にもそれらしく弾かそうとしているのがよく分かり、余計にやり過ぎ感が強かった。あれはヴィーナーでなくては難しく、今回のメスト指揮ぐらいでしか上手くいかない。カナダ人指揮者であり、あの感じはとても難しいのだなと改めて認識した。ここがネゼセガンの駄目なところだ。しかしそれをどのように解決するかが肝心で、例えばキリル・ペトレンコならばヴィーン風に振れても違うところに関心を持っていくだろう。ミュンヘンでの「こうもり」は聞いていないが、新聞評を読むと最初の時は大変なオールスターキャストだったのが分かる。

そしてその新聞評にはカルロス・クライバーを思い出したというのがあるが、今回のメスト指揮程にはじけていたかどうかは分からない。クライバー指揮では絶対不可能なほどの切れの良さとスイング感覚は秀逸だった。

それでもフィラデルフィアのネゼセガンの司会のお喋りはもはや完全にプロ中のプロだった。そしてあのフランコフォーネの英語であそこまでの巧さは天才肌である。子供の時から合唱団で活躍して、家庭も学者の家庭でもあれは天分のもので流石にラトルでもあそこまでは喋れない。結構な企画で専門の司会者なしで完全に鮮やかに進行するのには改めて驚かされた。そして話していることがアルコールの入った席でも白けないながら、本格的な音楽の知的好奇心も満足させる通向きの内容となっている。要するにお客さんであるフィラデルフィア周辺のインテリ層や裕福層のパワーエリートにも音楽を語っていて、少なからず教育的なのだ。



参照:
ヴァルツァーの躍動感 2019-01-02 | 文化一般
一先ず軽快さを満喫 2018-12-05 | テクニック


by pfaelzerwein | 2019-01-10 20:47 | 文化一般 | Trackback
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