人気ブログランキング | 話題のタグを見る

玄人らしい嫌らしい人

玄人らしい嫌らしい人_d0127795_00441220.jpg
チューリッヒからの帰りに「フィデリオ」を殆ど流した。走行時間は往路3時間30分を超えていたのに、帰路は22時に車を出して、帰宅は24時35分頃だった。冬タイヤの最高速での巡航運転が可成り続いた。ミュンヘンと比較して距離として10㎞ほど近いだけだが、何日か通ったことがあるように近い感じがするのは、道路状況や地形によると思う。山を上り下りしないでいいのが意外にもスイス往復である。走りやすい。特に帰路はライン河を下る感じになるので燃費良く気持ちよく飛ばせる。高性能の新車になればもっと楽だと思う。但し最大のネックは国境検問で、往路にも前々車までが停められて、お蔭で人手がいないところを通過した。帰路もドイツ側で頑張っていたが帰宅は普通はフリーパスである。

さて、燃料代は安くなったといっても往復11時間半ほどのショートジャーニーの価値があったかどうか?恐らく今後管弦楽団演奏を評価する場合に活きてくると思う、様々なことが感じられた演奏会だった。昨年の五月にあれ程の成果を聞かせてくれた指揮者パーヴォ・ヤルヴィを初めて生で聞いて色々と示唆を受けることがあった。往路の車中でもそのブレーメンでの演奏ヴィデオやパリで演奏を聞いていたが、期待よりも疑心暗鬼が広がるばかりだった。

その通り、前半で終わっていたらとても厳しい評価に終わったと思う。明け方4時前に呟いていた共演者のヤンソンのヴァイオリンも先輩格のクーレンなどの教授タイプとは異なったが、その分物足りないところも沢山あった。フランクフルトの我々の会にも若い時分に登場していたが生で聞くのは初めてだった。前々列の爺さんがプロフィールの写真を掲げて実物と比べていたが、オランダ女性らしい感じで、外見上もその演奏によく合っていた。クーレンやチュマチェンコのようなタイプでないということは、其の侭その音楽性の限界でもあるということなのだろう。そしてモーツァルトを合わせる方も、N響でやるものよりも悪かったかもしれない。装飾音とまではならないまでの細かな音楽表現にまではとても至らなかった。その前のメシアンの楽曲にしてもパリ管のような魅力的な響きも出せなく、ダイナミックスも十二分に出せていなかった。

モーツァルトなどでもハイティンクが指揮した会の方が上手に運んでいたので、明らかに指揮者の責任だ。そのように、また予めの疑惑の目でその指揮振りを見ていると、丁寧さもなくてアインザッツの強拍しか振れていないような感じが視覚でもそのままだった。更に慣れていない筈の伝統的ドイツ配置なので、アンサムブルが難しそうだ。平土間に居れば間違いなく楽員を捕まえてそれに関して質したと思う。アウフタクト以前の問題で十分に深く拍が取れない様であり、あの指揮ならなるほど今の経歴がお似合いである。同世代のメストとの差はその地位の差でもあるが、月とすっぱんだ。どちらがスッポンのような顔だろうか?なるほど「これではビックファイヴの頭にはなれず、精々と」と思っていた。だから前半のメモ以上に、どこをどう直したらもう少し上手く行くだろうかと考えていた。ユース管弦楽団でもペトレンコの指揮には音楽的な表現があり、楽員にはなんとかしようとの気持ちが溢れていたが、それに比べるのもあまりにも気の毒になってくるような演奏だった。

向かい側の画廊でのガイダンスで話していた人が、プログラムにもプログラムコンセプトとして指揮者に質問していて、そのメシアンプログラムの録音にも言及されている。しかし、あの一曲目の演奏ではお話しにならない。

それが後半になると、そのメシアンの若書きの指揮者モンテューによって初演された「光る墓」はとても充実した鳴りで、最後のチェロの件からヴィオラから第二ヴァイオリンへと抜けるところは、まさしくこの楽器配置の聞かせどころで、お見事な選曲と演奏だった。車中で聞いていたチョンの演奏とは全く異なる名演だ。なによりも前半とは異なりしっかりと管弦楽を制御して細やかに振っていた。やれば振れるじゃないかという印象と、それなら前半は手抜きをしていたのかという疑惑が新たに浮かび上がる。恐らく、限られた時間のリハーサルでその成果が分かるので、時間配分して、保留分は手抜き若しくは安全運転をするということなのだろう。これほどまでにあからさまに思えるのは、ペトレンコの指揮振りを見慣れていて、その全身全霊に少なくとも感じるものが基準化されてしまったからかもしれない。

その意味からも最後のベートーヴェンの交響曲一番は編成を大きくしたままで、第一ヴァイオリン6プルトだから、始まる前から若しくはプログラムミング上から話しはついていた。バイロイトでやった方向での演奏が期待された。その通り、アウフタクトも深く取られて、「地団駄踏み」ながら合わせていた。指揮技術上の不利有利は想像するしかないのだが、ペトレンコのように後拍からも音楽を作るようなことまでは無いが、少なくともアインザッツ以上の指揮になって、テムピ設定にも満足した。

こうなるとこの指揮者が世界各地からお座敷が掛かるのも理解できる。ある意味の経済性であり、無理なことはせずに、先ずは初日には後半だけでもものにしてくる、ある意味プロフェッショナルのノウハウでもあり、いやらしさを感じさせる指揮者だ。こうなるとこの管弦楽も流石で、まだもう一つ独配置でのアンサムブルを追及できていないようだが、各パートがやれることをやる能動的な様子が顕著で今後が俄然期待される。付け加えておかなければいけないのは、それでも交響楽団としても音の出方がまるでアメリカの楽団のようでいながら、ユース管弦楽団の瞬発力には至らないことだ。同じようにこの指揮者にはオペラ指揮者のあの呼吸がないことは追記しておかなければ片手落ちになる。更には新聞評も出たようなので、それを読んでから改めて書き加えよう。



参照:
独に拘るシューボックス 2019-01-17 | 文化一般
元号廃止などと昔話 2018-05-04 | 文化一般


by pfaelzerwein | 2019-01-18 00:30 | | Trackback
<< 移り行く明日への残像 独に拘るシューボックス >>