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国益と理想の内政干渉

中共政府が猛烈に抗議をしている。車中で聞いた在ベルリン大使館筋の大学教授刘立群は「中独両国間の関係を大きく損ねるだろう」と、メルケル首相の採ったダライ・ラマの扱いで息捲いていた。

個人的な訪問は 許 す が、公的な受け入れを示す首相官邸での受け入れは 許 せ な い としている。チベットの独立よりも民族の自立を説くダライ・ラマ自身、自らを半ばマルキスト、半ば仏教者の自由主義社会主義者と呼び、全体主義で育ったメルケル首相の昨今の政治姿勢と共通項をアピールしている。

現ベルリン政府の対中リアル政治は一貫している。先頃の北京訪問でも中国メディアが報道しない人権擁護運動家や教会関係者との会談、さらには中共政府の報道規制の実態を直接インタヴューするなどして、もっとも重要な点を念押ししている。

それに対して北京政府は、そうした厄介な問題を軽く流して歓迎としているが、今回の件では黙って置けないとする強い姿勢を見せた。ベルリン政界における強い支持とは裏腹に、ドイツ企業家などが今回の政府の姿勢を不安視するほど、政治的な効果があるとするのが一般的であるが、「首相官邸での個人的な会見」に拘ったベルリンとそれをどうしても避けようとした北京の見解が大変興味ある。

もちろん、ベルリン政府にとっては「一つの中国」と「チベットの少数民族や市民の人権」と「宗教の自由」の前提を固持したダライ・ラマとの会見であるが、北京にとってはダライ・ラマがドイツ入国前にヴィーンで為されたように、これらに続いて今後西側各国で公式なチベットの代表者として受け入れられることを大変危惧している。

そして、鼻息の荒い中国人は、「ドイツの戦争犯罪を忘れるな」、「ドイツが日本の立場だったら、我々にとってはそれほど日本と変わらなかっただろう」と叫び、ドイツに強い制裁を呼びかけているが、さて何が出来ることか。全ては、ベルリンのアドヴァイザー、クリストフ・ホイスゲンらにシュミレーションされていることなのであろう。

つまり、国益を根拠とした外交こそが国際関係で避けられないもので、それは感覚による外交以上に計算出来るもので、安定した国際政治の基盤を作るものだと、FAZの社説は述べる。また、ジーモンス氏が北京発の別の記事で、ブッシュ政権のイラク侵攻において、思わせぶりな国益と国際政治の理想だけで、目的が充分に解明されていない失敗例を、中共における内政干渉への過剰反応と比較する。その内政において、チベットや台湾におけるテリトリー問題が、保安上の国益としても充分に明白で無い状態を指す。

そして来年早々の台湾での選挙は、北京オリンピックを控えて、極東の政治を流動化して行く。既に新聞紙上では、七割以上の台湾人が正式な国としての世界的な認知を望んでおり、自由民主義社会を築き上げてきた台湾人を見捨てることは出来無いとしている。

こうした世界的な動きに対して、必要以上に警戒心を持ち、世界との対話よりも強国としての中央集権体制を固持にするのが北京政府である。そして、その中華思想は、経済発展によって社会が豊かになればなるほど大国の干渉や覇権主義として猛威を揮いはじめているのである。

今回の問題は、地政的な問題として解析されるような時点ではなく、日本とオーストラリアなどが中国市場に変わってインド市場を重視して行くと示唆する時と同じような漫然たる危機感と疑心暗鬼を中国人に与えた。まさにそこに現実政治の戦略がある。

つまり、外交における友好関係は、なにもシュレーダーがやった商談外交ではなく、現在のようにの双方依存関係が強化された抜き差しならない状態での現実政治となるのである。そこでは、理想と将来を見据えた政治的舵取りによる益が重視されることとなる。
by pfaelzerwein | 2007-09-26 05:30 | 歴史・時事 | Trackback
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