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茶緑から青白への相違

白い欄の向こう側には、衝立のように山が突っ立ってギャラリーに対峙していた。キャンヴァスに向って、山のディテールを、その縁から覗き見する僕は体勢を崩している。ダブルのシャツの白い袖のカウス返しが上っ張りのガウンから食み出て、薄手のツイードのズボンの膝が上っ張りの裾を大きく割っている。

スケッチが終り、絵の具が塗られ、既に仕上げに入っているのだ。僕とキャンヴァスとの間隙に肩をねじ込んで女が筆を入れている。かなり細かい筆使いである。僕は彼女の器用さに満足しているが、目前に広がる情景への認知としてのその作業には不満があるのだ。

僕は、その山壁の細部に注目して、その構造を彼女に言う。「ほら、ここを見てご覧」。茶色系のガレの部分と島状に発達した緑の領域をキャンバスに指差して、その島の縁から土壌部分への滲みを確認して、そのまるで土壌に緑が侵食されているような虹状の色合いに関心を向けさせた。

彼女がその色合いに注意して色直しをし始めるのを満足そうに体を捩りながら、僕は改めてその上部の山肌の小さな谷状になって稜線へと抜ける襞に目をやり、そこに焦点を合わせる。

そこに露岩するのは、灰色に鋭く磨かれた岩肌で、角張ったブロックは幾つかの大きな割れ目を縦横にみせながらも、重力に抵抗してしっかりと置かれた積み木細工のようだ。

その比較的大きな灰色の鼻の足元へと、小さな襞になった、殆ど外側へと開きながら左上へと突き上げる小さな谷には、白く雪が残っている。そしてその谷を上っていくと、稜線の同じような色をした崩れて切れ落ちた岩峰が青い空を背に鋭いシルエットを形成している。しかし、そこには岩峰自身の影が黒く濡れたように映った黒っぽい雲が流れていて、細部が良く確認出来ない。

色直しを進める満足そうな彼女に、「ここの上部の形状が、もっとも興味深いんだ。ここに光が集まっているんじゃないかな」と呟くと、傍で画材などを片付けていた年配の女が「旦那様、奥様の審美眼は旦那様のお眼鏡より優れていらっしゃいます。」と宣。

それを聞いて、腹を立て、「目前に広がる首を振らなければいけないような山肌をこのキャンヴァスに写し撮ることは、形而上の作業でしかないんだぞ。遠近法のみで画が描ける筈がないだろう」と声を大きくすると、奥様は呆れたように言い放った:

Du plauderst wie immer! (いつもつまらないことばっかり言って)

一人残されて、茶色と緑色の折り合いが思いの外上手に描かれていることを確認しながら、手に持った筆をキャンヴァスに入れられずに呆然としていた。


コメント:
目が覚めると、なんだか「奥様」の体温が部屋に漂っていた。「男はつらいよ・寅次郎頑張れ(YOUTUBE)」のプロローグのように田舎の地蔵の横の藁の中では寝ていなかったが、昨日からヒーターを押さえるほど気温が上昇して、腕に筋肉痛のようなこりが残っていたのを思い出す。

昨夜は、半時間ほど前にベットに潜りこみ、年明けの花火や教会の鐘の喧騒を寝ぼけながら霧の中のあまりぱっとしない光景を思い浮かべながら聞いたが、直ぐに眠りについた。浅い眠りは夜中に幾らか意識を齎したが、朝の八時前まで良く眠った。

上の情景が何を意味しているのか何処から来ているのかはある程度直ぐに想像がついたが、山肌のディテールへの関心と描写は殆ど深層心理化した記憶としてこのように表れるとは思ってもいなかった。

アルプスの二千メートルから三千メートルまでの中部から東部にかけての情景である。二週間もすると美術館訪問の予定が入っているが、絵を画く夢は実際の生活とは裏腹に意外と見ているかもしれない。下手な画とその描写意欲との落差がトラウマになっているのだろうか?

相変わらず外は深い霧に包まれている。このところの暖気が齎した中を彷徨う湿気である。さて、昼晩餐の用意でもしましょうか。
by pfaelzerwein | 2008-01-01 18:27 | | Trackback
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