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世界を雪崩で洗い落とす

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封切映画を観た。ハンブルクで夜行待ちに入った「トップガン」以来だ。魔のアイガー北壁で1936年に起きた悲劇を扱ったフィリップ・シュテルツル作「ノルトヴァント」である。

独公共放送が係わったためか盛んに扱われるので早めに片付けた。帰りの車のラジオの座談会もアルピニズムについての話を北壁最短記録を作ったクライマーなどを交えて行なっていた。

結論から言えば経験のある制作者が作ったものにしてはどうしようもなくつまらなかった。本格的ドルビーサウンドのまだ新しいが身売りされたらしいマルチ映画館で、初めてその「効果」を150人入りの会場でたった五人の客で体験した。結局、音響も画面もお粗末としか言えない。

それはこの「事実に基づく」とするお決まりの効果促進前口上に導かれる映画自体ではなくて、現在の商業映画館のマルチメディアシステムであり、それを理想とするホームシアターのシステムのこけおどし「効果」を指す。まるで、世界を牛耳っていた金融経済社会のヴァーチュアルのみすぼらしさと稚拙そのものである。

こうした映画館に余暇を求め、家庭でDVDを観て、コンピューターゲームに熱狂する人種は明らかに退化しているのだ。

今回の映画は、その点からすれば直前に流されるアイスクリームやフィルムの痛んだ保険の宣伝以上に全く「効果」がないようにつまらなく出来ていて、アイガー北壁の上から落ちてくる雪崩の地響きに音響的なクライマックスをもってきていて、映像的にも精々便所の掃除のシーンぐらいが華であったろうか。

このドイツ風に大変生真面目なドキュメンタリー風映画は、簡単に掻い摘むとつまらないお涙も流れないメロドラマである。それをして本格山岳芸術映画アーノルト・ファンクを期待して、もしくはレニー・リーフェンシュタールのイデオロギーを燻らすミトス映画を期待して足を運ぶ者をがっかりさせるだろう ― そこにこそ、この映画の美学が存在しているのである。

それ以上に、このパートス抜きでは語る事が出来なくなっている悲劇の実話エピソードを上手に使ったトレヴェニアン原作「アイガーサンクション」のクリンスト・イーストウッド作品の「効果」をすら悉く舞台落ちのように暴いてしまうのである。

これほどつまらない劇場映画はないであろう。それだからこそ、数多の山岳映画や生TVやVIDEOの手に汗する「アルピニズム効果」を洗い流してくれる。その「効果」として、音響的にもブルックナーの交響曲やアルペン交響曲を思い浮かべさせ、ヴァーグナー効果をも想起させるのは台本においても意図されている。それが、このようにしか作れなかった理由なのであろう。

それは、この映画の本当の存在価値に違いない。思想やアルピニスムの難しいことは改めて考えるとして、このようなヴァーチァルなミートスを、瓦解する大きな石の混ざる手の切れるような氷の雪崩が綺麗さっぱり一挙に奈落の底へと洗い落とす今日の世界に、その石灰岩の岩肌の溝の中に身を屈めて居る私達一人一人が対峙していることを実感させてくれるのである。



参照:
Nordwand (2008)
映画監督アーノルド・ファンク [ 文化一般 ] / 2004-11-23
文明のシナ化への警告 [ 文学・思想 ] / 2008-10-26
情報洪水で歴史化不覚 [ アウトドーア・環境 ] / 2008-10-27
アルペンスキー小史 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-03-29
慣れた無意識の運動 [ 雑感 ] / 2006-03-07
影に潜む複製芸術のオーラ [ 文学・思想 ] / 2005-03-23
即物的な解釈の表現 [ 文化一般 ] / 2006-03-23
オペラの小恥ずかしさ [ 音 ] / 2005-12-09
by pfaelzerwein | 2008-10-25 04:57 | マスメディア批評 | Trackback
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