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カテゴリ:料理( 126 )

アスパラガスも終わり

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週明けから走った。出遅れて、陽があったので汗を掻いた。それでも例年の六月からすれば五月の様に気持ちがよい。週末二日間の試飲会はそれなりに疲れた。肝臓の機能というよりも飲む量も多いかったに違いない。何処にも出かけなかったが連休疲れの一種だろうか。

さていよいよブレゲンツでのマーラー交響曲八番の第二部の放送である。そしてなぜか第一部の放送分がまだオンデマンド化されていない。普通ではないのだが、考えられるのは二部が揃って、纏まった形でオンデマンド化するというサーヴィスだが、このローカル局の仕事としては超えている。もう一つはオンデマンドにはしないという約束があった可能性だ。昨年の七番は一切出なかったのに比べて、その方が解せない。兎に角、第二部をしっかりと中継録音放送で録音しなけらばならない。

第一部はいつものように32BitFlot96kHzで録音して、そのNASからの再生に苦労したが、ようやく落ち着いてきた。ネット接続のプロトコールなどのアップデートも影響すると思う。更に再生もダイレクトにDACへ96kHzで出すと、それはやはり素晴らしい。嘗てはストリーミング放送のハイレゾリュウーション相当に疑問を持っていたが、今回の巨大な音像を再現するにはこれしかないと思った。丁度ベルリナーフィルハーモニカーが提供する192kHzのハイレゾへまではいかなくとも空間再現も十全だ。その会場にいた人への御土産なんかではなく中継放送として第一級の録音である。

ざっと一雨来たがこれ以上は困る。雷で停電になったりは困るからである。帰って来て体重を量ると74.5KGになっていて限界域に近づいている。これを過ぎると90KGまで簡単に行ってしまう体質である。健康のために注意しよう。ワイン祭り会場の準備が始まっている。金曜日が初日で、翌日フランクフルトへ逃げる。帰宅は月曜日の早朝の予定だ。気温は少し落ち着きそうだが、湿気も上がってきそうである。

白アスパラガスの季節も終わりである。いつものようにくずを購入して、薄肉巻きにした。いつもはニンジンなどを入れるのだが、たまにはこれもいい。オーヴンで火をかけたので一部が焦げてしまったが、サクサク感は満足だった。



参照:
キールからの燻製小魚 2014-05-05 | 料理
ぶらさげてなさい、ボックスボイテル 2010-05-25 | ワイン
by pfaelzerwein | 2019-06-03 23:49 | 料理 | Trackback

出来上がりを予見する

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卵茹で器を使う。実験段階で、半熟の次に普通の茹で方を試す。水の量が倍ほどになったの時間も掛かった。いつものように鈴虫のような音が鳴る。翌日は半熟と普通の半分ぐらいの水で試してみた。中々いい茹で上がりだ。どうも今度のは卵の新鮮さや茹で上がりの時間と燃料消費なども考えながらノウハウを積み重ねてといった使い方になるようだ。通常の料理の按配である。

まだソーセージ類も温めておらず、ポーチドエッグもやっていないので、また破裂することもなかったので汚れ具合などはまだ分からない。引き続き試行錯誤である。使い勝手は悪くはなさそうである。

復活祭が近づいて、土曜日からバーデンバーデンへと五日間出かける。最初の週末は買い物を途中のフランスで済ましたい。価格は高くとも新鮮な野菜やらまた地中海と北海からの海の幸やチーズ、そしてワインなどを買い込む。その計画もお勉強とともに進めて行きたいが、あまりにも時間に追われていて儘ならない。

ベットの横においてある電話機が故障した。こちらの声が先方に聞こえないようだ。どうしたのかと思って持ち上げると中でコロコロと音がしていた。トランスが基盤から剥がれて飛び回っているのだ。一度修理した記憶があるが思い出せなかった。開けてみて合点がいった。半田付けのための足が短くなっていて、難しい半田付けをしたので剥がれてしまったのである。その間に購入した評判のいい半田小手を使った。中々難しかったが、何とか直った。

アナログのクラシックな電話機ぐらい買えばよいのだが、人が要らないようなものを拾って来たようなものでも使っていて不自由が無ければ、簡単に直せるようなものならば捨てられない。購入しようと思えばディスプレー付きとかアナログで中途半端なものを探すことになる。デジタルのISDN電話ほど機能がよくないからである。あまり投資したいと思わせない。

いよいよバーデンバーデンの「オテロ」のGPが近づいてきている。それにしても指揮者三人が並ぶ写真は壮観で、偶然の賜物でしかない。まさかのズビン・メータ指揮であり、通常ならばそのスケデュールを取ってということにはならなかった筈だ。ムーティに断られてからでも押さえることも難しかったであろう。一つの目の偶然のガッティの事件に二つ目のメータの疾病と復帰という偶然が重なった。

指揮者のギャラでいえば現在のトップ二人で間違いなく、普通ならば呼べなかった。今後ともなかなかないと思う。番付けで言えば、理事長と副理事長に力士筆頭の揃い踏みである。来年それを見れば分かるように、今後両横綱というのはありえても、こういうのはもうないだろう。

ガッティのお蔭で急に今回の復活祭が活況ついた。ARTEなども来年からのことを考えていて、また地元のSWRはシュトッツガルトの意向でカラヤン二世の方に予算が回るので動けなくなる。メディア的には谷になるかもしれないが、放ってはおけないほどの活況を呈するかもしれない。初日は席移動が難しい入り具合になってきた。当日券でほぼ満席になるだろう。

あとはメータがいい指揮をするかどうかで週明けの雰囲気が変わってくると思う。月曜日の二日目の練習風景の写真を見るとインタヴューをしていたベネディクスベルグレーがコンサートマスターをしている。そしてペトレンコ指揮はスタブラーヴァだから、ムーティ指揮に樫本となるのだろう。これだけで大分想像がつくようになる。



参照:
茹で過ぎにならない実力 2019-04-07 | 料理
不整脈辞退を受けて 2018-12-08 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-04-10 05:55 | 料理 | Trackback

茹で過ぎない実力

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新しい茹で卵器を早速試した。先ずは設置する台を掃除して、今まで使っていた器からの吹き零れなどの汚れを抜き去る。電源は同じところから取る。電気量は、五年近く前に購入したドイツブランドセヴェリンが400Wそして今回の英国のラッセル・ホッブスが365Wとなっている。購入価格は、其々39,99と34,99ユーロである。このインフレのご時世に嬉しい値下げである。

蒸気が充満するところの容積は後者の方が大きい。注文するにあたって気にしていながら分からなかったのはいつも使っているご飯を温めるための茶碗が入るかどうかだった。電子レンジを使わないので、卵茹で器でヴィーナーから野菜、マウルタッシェまでを蒸らす。だからスペースが欲しいのだが、蓋は球状ではないので容量があるとしても、写真からして卵を置く穴をの敷居だけを外すことが出来ないようだった。実際にその通りで使い難いかと思えばその枠の上に茶碗をおいて蓋を閉めることも出来た。何とか使えそうだ。重さでいつか折れるかもしれないが、様子を見よう。

さて茹で方は、前者は適当に水を張っておいて、蒸気を掛ける時間を大まかに決めて、出来上がりの半熟から固ゆでまでを調整した。後者は、一般的な方法で、水のはかりに個数に応じて三種類の茹で方に合わせて水の量を調整して沸き上がったところで終了のブザーが鳴る方式である。

先ずは最も難しい半熟を一個だけ試してみた。水の量が限られるので早くブザーが鳴った。そういえば暫くは長い時間茹で卵器を点けていたことに気が付いた。少なくともこれだけで電気代が節約出来そうだ。

さて出来上がりは、白味が綺麗に固まると同時に中が固まっておらず尚且つ火が通っている感じがした。要するに腹を壊さないでも半熟が楽しめそうである。前者のものは最初から半熟にすると何か火が十分に通っていない感じがあった。時間を短くすればそうなるのは当然だった。

しかし今度は蒸気が籠る時間が短縮されるだけで、お湯が沸く時間は関係しない。一長一短があると思うが、やはり卵茹で器としてはこのオーソドックな方法の方に合理性がありそうだ。実際商品テストでは優勝していて購入者1800人以上が批評で4.5点以上を与えている。今しばらく使い勝手を含めて試してみよう。

金曜日のミュンヘンからの中継はとても楽しめた。何よりも「火の鳥」全曲が秀逸だった。休憩時間に流されたインタヴューも内容があった。指揮者のロート氏はフライブルクに並んでバーデンバーデンの定期があるごとに作曲家で指揮者のピエール・ブレーズの家を訪ねたらしい。任期の数年間、つまりブーレーズの晩年の良い話し相手になったのだろう。カールスルーへの作曲家リーム氏も話していると思うが、そこは母国語通しの気楽さと比較的若い指揮者とあって話しが進んだと思う。

それでも自作についてはシャイであまり話さなかったというが、バルトークやストラヴィンスキーなどについてはとてもたくさんの話しをしたらしい。先月のインタヴューでもブーレーズ指揮のマーラーの交響曲のCDを購入して聴いていると語っていたロート氏であるが、色々と音楽的な刺激とその作曲家の視点を学んだことは間違いが無い。

その逸話が示すかのように、ロート氏の「火の鳥」はブーレーズ指揮BBC響の演奏を彷彿させる名演だと思った。録音も持っていて色々な人が指揮をしているがあのサウンドを久し振りに聞いて嬉しくなった。BBC響との演奏会こそ生で聞きそびれて最も後悔している日本公演だったからである。

今確かめてみるとこの日の二曲目のバルトークの三番協奏曲と「火の鳥」こそ夏のルツェルンでネルソンズ指揮ゲヴァントハウス交響楽団で演奏されるそのものプログラムである ― よく見るとただの組曲だった、やはり分かっていない、つまらない録音プロジェクトになど現を抜かしていると万年前頭止まりである。しかしこのロート氏の演奏を聞いてしまうと、なるほど交響楽団と指揮の技術はルツェルンの方が上に違いないが、このようなサウンドは聞けない。なにか誤魔化しの音響が鳴り響くようで不安になってきた ― 不安と言えばロート氏がフランス訛りで「デビューで不安だ」と語っていたのがとても赤裸々で好印象を得た。

最早こうなれば望むべきところは、頂点のコンセルトヘボーなどの指揮者になって、面白いプログラムやコンサートを提供して欲しいと思う。現時点で対抗馬のハーディングのプログラミングなどを見ると態々行こうとはちっとも思わない。ルツェルンでの「トリスタン」の二幕など誰も興味を持たないので売れていない。ハーディングにはプログラミングのセンスが悪い。



参照:
壊れてしまった卵茹で器 2014-06-19 | 料理
付加価値期待の卵茹で器 2014-06-30 | 料理
by pfaelzerwein | 2019-04-07 04:29 | 料理 | Trackback

クルムベーアという菓子

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ジャガイモ型のドーナツである。プファルツの言葉でグルムベーアと呼ぶ。カトッフェルと平地ドイツ語では呼ばれるものだ。要するに腐葉土のベリーである。如何にも輸入植物らしく、無理やり従来の概念に押し込んだような呼び方だ。

時間が無い。もう少しシェーンベルクをお勉強したいが、中々時間が取れない。お勉強と言えばグラーツの音楽監督のオスカーナ・リニヴがいつも城の公園に出かけて野外で総譜を広げていると書いてある。そして次のシーズンで辞めるらしい。2016年からだから四年も経っているのだが、延長することなしにフリーランサーになるという。先立てはデュッセルドルフかどこかで振っていたようだが、あの程度の管弦楽団を振っているようでは、フリーでどれほどのオファーが来るのか見当がつかない。サウスポール世界初演からそんなに経ったのだと思った。旅行も好きで、故郷のレムブルクに帰っても飛び回るには関係ないと言っている。本当にそうならば、皆仕事を待って、ヴィーンやベルリンやミュンヘンに住んでいる音楽家はあまりいないということになるだろう。代打のチャンスを掴もうと思えばやはり近いところにいる方がいい。日本の楽団もチャンスではないか。以前はアマチュア―の楽団を日本で振ったというが、今度はペトレンコの元アシスタントだけでなく、前グラーツの音楽監督である。

音楽の世界では来年度つまり2019年秋からのプログラムが徐々に出てきている。大抵大物の劇場や楽団などはトリとなる。それでもミュンヘンの歌劇場は3月17日に放送とともにその全容が明らかになる。こちらの都合もあるので、色々と予測をするのだが、全く内部情報が入らないので、予想の域を超えない。それでもひとつヒントを見つけた。サイトに書いてあった。

2019/2010年シーズンのテーマは、Kill your Darlingsということで、痴情ドラマを展開する多くのオペラにおいては月並みかもしれない。しかし、こちらもロシアものと見当をつけていれば幾らか絞れるか。それでも一番の関心事である「トリスタン」はいつ上演されるかとなると、敢えて言えば、必ずしも当てはまらないこともない。

「トリスタン」が上演されるとすれば話題性も含めて重点ともなるので、それがこのモットーに当たらなければおかしいだろう。確かにマルケ王が失うのはトリスタンだけでなくイゾルデであり、そこからすれば二人を殺してしまったといってもおかしくない。となるとマルケ王が主役である。トリスタンはヨーナス・カウフマン、イゾルテにアニヤ・カムペと来てツァペンフェルトしか思い浮かばない。そのスケデュールを見ると6月1日のドレスデンの最終日以降空いている。ミリンクでもあり得るか。

そしてこの秋にはロシアものを期待しているが、このモットーに「マゼッパ」が似合うのかどうか。正直判断を下せない。そのように考えるとなんでも当たりそうで、堂々巡りをするばかりである。



参照:


by pfaelzerwein | 2019-03-07 05:42 | 料理 | Trackback

パーティの王のケーキ

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金曜日の夜は自宅でパーティーだった。自分はやらないが家屋の下から招待状を貰ったのでいかないわけにはいかない。現実的に自宅にいて、下で騒がれて、ゆっくり出来なく、また籠っているとなるとやはり印象が悪い。そもそもパーティーの目的が近所付き合いのためということなら尚更だ。

正直なところ、何か持っていかないわけにもいかないので、その前にワインを試飲購入してきたりとこの忙しい時に時間の都合が必要だった。若干面倒な思いもあるのだが、近所付き合いは困ることもあるだろうから、やはり欠かせない。

結局18時から始めて、就寝したのは25時過ぎだった。悪いアルコールをチャンポンで飲んだが、シカ肉などを食したのでそれほど悪酔いはしなかった。しかし食事のためか下痢症状になった ー 果物と香料のパンチだ。仕方がない。

結局同じ屋根の下に住んでいる者は私を入れて二人だけ参加で、同じスクエアーの別棟の夫婦、ゼクトを持ってもう一人挨拶して直ぐ帰っただけだが、延べ20人ほどは来ただろうか。まあまあ賑やかで、もし私が招待されていなければ文句が出るほど騒がしかった。

興味深い話では難民問題で、難民申請の僅かな部分だけが本物で、それ以外は経済難民だとか、尤もな話で、強制送還よりも刑務所に入る方を選ぶとか、それ自体は全くご尤もな話しもあった。問題はそれらの事実関係を精査して、国の方針としてどのように対処するかだけでしかない。そうした考察の背景に、難民宿舎などの扱いの状況が悪化して、人権問題だとなる - つまりいま日本などがやろうとしている奴隷化への懸念からの議論である。

また興味深かったのはノルウェーからの移民のおばさんが作ってきたアーモンドケーキで、「王のケーキ - Norsk Fyrstekake」と呼ばれるものだった。その人の出身がアルミニウム産業の中心地で、全て水力でやっていたというが、温水プールだけでなく、日本と同じように不夜城だたっという話だった。日本も同じようなことだったと話した。そして一人当たりの生産量世界一のその豊かさはおばさんが驚くほどで、従来の簡単な湖畔の家の後ろにはハリウッドのような豪邸がそこら中に広がっているということだった。だからドイツなどの専門医が移住しているという話だった。

パーティーの前に八百屋で買い物を済ました。次回はクリスマス後の来週の木曜日である。そしてワイン屋に立ち寄ってパーティに持っていくワインを物色した。ヴァッヘンハイマーリースリング2017だった。そのほかにフォルスターリースリング2016の残りを買っておいた。

そして郵便箱に入っていた発注したケーブルを回収して、設置してみた。LANケーブルCat.6の製品だ。繋いでみて驚いた。付属のケーブルがCat.5eでルーターの性能からすればそれで十分の筈だったが、これに比べて送信周波数が250MHzと付属品の100MHzから伸びている。そして実際に使ってみると数値的には必要ない筈なのが、それこそ2倍以上の速度が出ている。つまり最初に使っていたCat.5からすると間違いなく10倍の速度である。これで先ず内臓HDDと同じようにNASが使えるようになった。Audacityの読み込みもあっという間に終わるようになった。これはとても喜ばしい。



参照:
興業師からのご挨拶 2018-12-21 | 文化一般


by pfaelzerwein | 2018-12-23 00:29 | 料理 | Trackback

大きなレープクーヘン

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夜中に帰宅した。通常ならば午前二時前に帰宅だったが、睡魔に襲われて休み休みで一時間以上遅くなった。仮眠しても駄目な時刻帯である。「オテロ」など休憩一回ならばそれほど長くもないとも考えたが、結局駐車場から車を出した時には22時半を超えていた。

予想された降雪は、引けて出ていた時には止んでいてほとんど影響はなかったが、それでもミュンヘン市内は方々にシャーベットの深い溜まりが出来ていた。しかし高速道路での影響は殆ど無く快調に飛ばしたが、シュトッツガルトが近づいて、午前零時を遠くに過ぎると眠気が寄せてきた。

ミュンヘン、アウグスブルク間では購入したソーセージを二本齧っていて真面な食事をしていない割には元気だったが、なんとなく元気も無くなってくる。エネルギーが足りないのだろう。そこでお好みで選んだ三種類のレープクーヘンの一つに手を付けた。エリゼンレープクフェンと言ってニュルンベルガーの一種らしい。丸くて厚めなのが特徴のようだ。一つ2ユーロほどするが流石に食べ応えがあって、味もその価値がある。少なくとも家まで運転する栄養分は摂れた。

今回は19時始まりで、18時からガイダンスだから月曜に出かけるのにそれほど負担はなかったが、降雪のことを考えて早めに出た。そして来年の「フィデリオ」のティケットを三枚回収してきた。一枚要らないので、一枚は売りに出すことになる。

引き取ってからダルマイールに買い物に寄った。先ずはいつものトルテを四つで20ユーロ近くになった。テリーヌのほかは煮凝りと、レープクーヘンだった。どれもこれも決して安くはないのだが、これは高すぎて価値がないなと思うものは少なくないのがお気に入りだ。

早めに駐車場に戻ってから、服装を整えて、駐車料金を前払いに行った。するとどうだろう、もう窓口ではカードを扱っていない。カードで払うときはミュンヘン市内にあるように暗号番号付の自販機しか使えない。するとカードがどうしても決まってくる。今回は18ユーロ超えと比較的安かったが高い時は25ユーロほどになるのでやはり不便だ。

まだ時間が十分にあるので、ガイダンスへと向かったが、初めて最寄りの入り口に向かうと長い列が出来ていて驚いた。いつもは正面玄関から入って、ぎりぎりに入るだけだが、今回は初めて普通に入場した。その内容はまだ改めて語ることがありそうだ。

劇場ではスープが無くなっていて、仕方がないのでよく出ていたどんぶりのアイスの球を二つ食した。素材も悪くないのが、5ユーロ50の価値はあった。結局一日中、朝食を除いて甘いものばかりを食べた一日だった。



参照:
気に入るということは 2011-12-21 | 料理
十七時間後に帰宅 2018-06-30 | 生活


by pfaelzerwein | 2018-12-11 23:53 | 料理 | Trackback

よかった宿での食事

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先日宿泊した宿はよかった。なによりもミュンヘンからの距離感も遠くは無かった。七月に「ジークフリート」上演後に宿泊したところよりも時間が掛かる筈なのだが、アウトバーンでなくて真っ直ぐに伸びる高速の国道を走り抜けれるのが素晴らしかった。我々が知っている高地バイエルンの農業地帯を真っ直ぐに走るだけだが、夕焼けにとても気持ち良かった。それでもまだまだ高地ではなくて、アルゴイなどの牧草地とはまた違うところが妙なのだ。夕方に拘わらず比較的問題なく宿に付いた。土曜日の夕暮れだ。両方向とも同じような交通量だった。

最新の地図も印字して持って行ったのだが、ナヴィのそれに従うと村に入るのに旧道を通った。これまたバイエルンらしい変に紆余曲折の道程だ。森を抜けたりして幾つかの村を通過する。その何とも道祖神のようなものにこの地方を趣を感じる。オーストリアとももちろんスイスとも違う。そのお陰で村に入ってからホテルを探したが、小さな村だ直に見つかった。

宿の前の駐車場も空いていて、きっちりと駐車してからレセプションに入る。親仁が名前を呼んで迎えてくれたが、なぜか英語を喋ったのでおかしいなと思うと、予約時に英語に印が入っていたというのだ。覚えが無いなとなった。偶々英語の画面で予約したのかもしれない。先ずはチェックアウトは10時だと断っておいた。ゆっくりしたいのだ。部屋を見せて貰って、もう車を動かすことは無いとなって、歩いていけるところに飲めるところも無く、ビールならここにあるよと教えて貰った。部屋には冷蔵庫があったので、ダルマイールで購入した特製エディションもののボックスボイテルのジルファーナーを先ず開けようと思った。

夕食は、前菜にコールラビのサラダ、そしてメインはいつものフィレウェリントン、食後はトルテである。宿の中で一番狭い部屋なので食卓は無かったが、事務机を使った。その辺りは味気なかったが、並びに流しがあって、皿も洗えるのが嬉しかった。とことん無精が出来る。

明くる日の朝食も買ってきたパンとハムを中心に、湯沸かし器で沸かしたお湯でティーバックの紅茶を煎れて、自宅から持って来ていたフランス産の野菜を添えた。ワインを冷やす為にマックスに冷やしたので凍り出していた。それが一寸残念だった。それでも朝食からもう一つのケシ入りヨーグルトトルテを平らげたので満足だった。

天気も良く、穏やかな日曜日の旅立ちだ。前夜のメールでのタイトルロールのキャンセルなど穏やかでもないことがあったが、気持ちが良い。宿の親仁と空港からのシャトルサーヴィスやその他の休暇宿の待遇との差などを話した。どうも営業努力でやっているらしく、皆の評価が高いのは分かった。シーズンを通して価格の差はあるものの中々よいオファーを出していて、連泊する時は価格は下げないでも広い部屋に入れて欲しいと言った。今後とも市内の安い部屋が見つからない時は是非使いたいと思った。
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日曜日のフランクフルトに出かける。前回は「メリーウィドー」だったのでアルテオオパーへは久しぶりだ。夏に遠出してコンサートに行ったのは久しぶりだった。ミュンヘンにも一度出かけ、ルクセムブルクにも出かけた。嘗てはコンサートに遠出するとなると招待か、何か仕事絡みしかなく、精々ベルリンぐらいだった。その意味で遠出するのにも慣れると地元のフランクフルトに行くのは容易い。それでも続くと面倒になるのだが、今回は飛び込みで出かけるので気持ちが高まる。

プログラム後半のマーラーの交響曲一番だけは勉強しておきたい。前回聴いたのはバーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニーだったと思う。これまた第九に続いてバーンスタインを超えて行く。奇しくも生誕百年に指揮者バーンスタインを乗り越えて行く。特に一番はこちらも十代の時の体験なのでとても強い印象を残している。それだけにこの年齢になって同じ曲がどのように響くのかと思う。五番ならば苦しいところが出て来るかも知れないが一番ならばゲヴァントハウス管弦楽団も可成りに線まで演奏するような指揮も期待される。細かな内声部の動機などもしっかり読み込んでおきたい。

昨今なにかと話題の人気ブログの言いぐさではないが、「実はもう、音楽評論も、やりたくないの」という気持ちになるのは、「マイスタージンガー」の楽匠の想いや仕事ぶりを考えてしまうからだ。マーラーの交響曲のユニークさやその才気とは別に、ああした高度な文化に根差した総合芸術がそこで展開されているのかどうかどうしても比較してしまうからだ。なるほどそこには独創的な意匠や芸術の綴り方があるのだが、匠の仕事としての円熟とかその表現方法を考えるとやはりどうしても青年音楽家の作品では到底至らないものばかりだ。奇しくも先月には第九交響曲の演奏を聴いて余計にそうした思いを強く抱く。昔日本の音楽評論家に大木正興という人がいて、いつも「深い」の表現で片づけていたのを思い出す。そこで氏のスメタナ四重奏団について綴る文章を引用すると「チェコスロヴァキアの伝統では(ウィーンあたり)…それは必ずしも後期ロマン派のドイツ音楽家たちのように、音を人間全体を支配する情緒のしたたりのように考えるのではなく、…それは人間の情緒の反映と考え…」とかあり、丁度話題の独墺音楽の核とそこから東欧文化圏への境界域について触れている。これも例えばドイツでは今でも違和感の強いグスタフ・マーラーの東欧的な性格とも言えるかもしれない。勿論その逆の西欧的な性格もそこに認識される。



参照:
杖の無い爺に導かれる 2018-09-18 | 文化一般
抑制の美の厳しい激しさ 2018-10-04 | 文学・思想


by pfaelzerwein | 2018-10-06 00:01 | 料理 | Trackback

手塩にかけるイヴェント

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塩が切れそうだった。様々な塩を使っているので、その一つの海水の塩田の塩である。それも同じ種類の顆粒と粗塩の両方があって、ミルに入っている後ろのものが無くなりかけている。同じ塩の顆粒を使っておけばよいのだが、一度料理に使い分けるとそれが無いと気分が悪い。そこでスーパーで買おうとすると、生憎同じものが切れていた。キロ当たり2.19ユーロなので通常の塩と比較しても高価ではない。それにミルで使うので、使用量も限られる。それならばと同様のものを探すと、キロ2.69ほどでキロ入りがあった。当分使える量である。

調べてみると、イタリアとクロアチアに挟まれたスロヴァニアの海岸で昔ながらの方法で干された塩だという。そもそもスロヴァニアに海があることも知らなかったが、地中海とは驚きだった。写真を見ると観光向きの絵ではなくてピランスカソルと称して本格的に塩田をやっているのが窺がえる。この価格で手作業と書いてあるので半信半疑だったが、合点が行った。地図で見ると数キロほどの国境間で、イタリアのトリストの隣だ。最近は日本などでも再び塩田の塩を高級に出しているとも聞いたが、こんなのが安く買えるとは思わなかった。これは楽しみだ。さぞかし味のコクがあるだろう。先ずは古いのを使い切って、汗を掻きながらミルの蓋を外して、詰め替えなければいけない。隣にヒマラヤの岩塩もあったが、こちらの方は黄色みがかっていたので料理を考えてみないといけない。

来週木曜日放送予定のルツェルンのコンサートにまだ残券がある。全部は到底埋まりそうが無いので、映像の映りもあろうから、アカデミーなどで配券してしまうのだろう。やはりフランツシュミットの交響曲がネックになっているようだ。実際一楽章を振り返ったが、その楽器間の受け渡しも慣れた作曲家の手練手管というよりも、楽団の中の演奏者の感覚が綴られているような感じもする。なかなか面白いのだが、詳しく音を追うだけで疲れるような音楽で、若干ブラームスの三番やシェーンベルクの受け渡しを思い出さなくもない。とても精妙だと思うが聴く方もそれだけの集中力を強いられる。その意味から決して容易な曲でもない。それがなにもヴィデオで伝わった訳でも新聞評だけでもないのだが、なんとなく総合的にそのようなイメージが社会に伝わっているのだろう。実際にここでこうして書くこともそうしたムードを助長させている。だから皆挙って高額券を買ってという事にならないのだ。そしてワンの人気などもごく一部のものだと思った。難しいプログラムにはランラン並みの客寄せパンダが必要なのだろう。但し客質が下がるのは間違いない。

さて、土曜日のシーズン幕開け二晩目が今週末に迫って来た。一体誰がそこに現われるかはとても興味深い。先ずは首相のメルケル博士夫妻、シュタインマイヤー大統領の日程が空いている方のどちらかは出て来るだろうか。そうなると外交官筋も出て来る筈だ。あとは政治家閣僚やベルリン市のお偉方だろうか?プロイセン家は一体誰が代表するのだろうか?その他の有名人どころはベルリンではどうなのかは分らない。比較対象としてはあまり良くないが、ヴィデオに残るヒットラーの誕生日を記念してフルトヴェングラーが指揮するフィルハーモニカーであろうか。観光対象でもあるヴァルトビューネなどとは違う本格的な大イヴェントになることは間違いない。



参照:
早起きはなんぼの得 2018-08-22 | 生活
逡巡もしおどきの生活 2014-12-03 | 料理


by pfaelzerwein | 2018-08-22 23:27 | 料理 | Trackback

旨味を引き立てる香料

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毎年のように栗入りザウマーゲンを食した。ザウマーゲンと言っても小さな量なので膀胱入りだ。ザウブラーセンというのが正しいだろう。そとの包装ごと温めたので味は抜けなかったが、逆に膀胱の尿臭さが少し出た。日頃から腎臓などを食しているので気にはならないが、客人に出すときには注意した方がよい。そのままお湯につけたらそれは抜けてしまうが、味も少し出てしまう。やはり胃袋の方がいろいろな意味で有利かもしれない。とは言っても二回目以降は焼くので全く気にならない。シナの食膳風に言えば、これで膀胱も元気になる。しかし久しぶりに明け方にトイレに起きた。

ワインはいろいろさがした挙句、まだ早いのだがエティケットをナメクジにやられたウンゲホイヤーの2011年物にした。2011年産は分厚くて過熟気味で、リースリング愛好家には駄目な年なのであるが、それゆえに期待が出来ないことから後回しになっていた。初日の感じでは酸が弱まってきているので飲み頃かとも思った。充分に熟成した旨味はデキャンタ―で出てきているので、二日目以降が楽しみだ。流石にウンゲホイヤーはスパイシーさもあって分厚いだけの単調にはならない。

その前に開けた2013年のボェーイックがまだまだ酸が効いていて、熟成となっていなかったことから、もたないとされる2013年が意外に長寿しそうな印象がある。やはりリースリングは陽射しよりも、果実の健康だけで暑い年のものは駄目だとはっきりした。2003年、2005年、2011年、2015年などは駄目だ。要するに赤の良い年度である。

栗が今年は特別に大きなのが入っていて満足だった。ヴィルシングはいつもは白菜などで代用しているのだが、大振りに切って長く火を通すと思いがけない甘みで驚いた。炒めるときに若干焦がしたので残念だったが、おいしくする調理法が分かってきた。これだけ甘みが出ればナツメグが合うのは当然である。白菜の倍以上の価格だけのことはある。まだ中の柔らかい部分が残っているのでもっと上手に調理してみよう。

食事の時には、前日に生中継録音して、また翌日にDLしたヴィデオの音源などを内容確認に流した。オンデマンドからDLしたのはMP4で3時間13分で5.9Gしかないので心もとないが、動画が4000kBit/sのHDで通常のストリーミングではDL出来なかったのだが、MP4としてDL出来た。5時間ほど掛かった。やはりネット回線を良くしないと生では流れない。それでも個人的には画像は二の次なので、音声の48kサムプリング189kBit/sでは足りない。因みに生で録音したものは48kサムプリングなので3GBを超え、録画の方は11GBを超える。生放送録画は、6923kkBit/sながら画像は悪くても、44.1kサムプリングながらFLACでの音声なのでこちらはCD並みで悪くはない。

MP3ならば最低320kBit/sは欲しい。クリーヴランドの放送のアーカイヴとしてピエール・ブレーズ指揮のメシアンとラヴェル、ドビュシーのプログラムが上がっている。この放送局の面白いのはストリーミングの方がオンデマンドよりも音質を落としていることだ。

朝から頂上を目指そうかと思ったが、腰などに違和感があるのでもう一日延ばすことにした。天気も良くなりそうだ。食事さえ食べ過ぎなければ大丈夫だ。そろそろポルポーラの「ミトリダーテ」も調べておかないといけない。資料は限られていてイタリア語のリブレット以外にはあまりない。それならばモーツァルトのそれに耳を通していた方がよいかもしれない。

ミュンヘンからの中継のサイトにオペラアワードのノミネートのリンクが張られていたので書き込んだ。上から合唱は、タンホイザーの圧倒的なそれでバイエルン国立歌劇場合唱団、指揮者は更なる進化を導いたキリル・ペトレンコ、女性歌手はいまだ嘗て経験したことのない歌唱を聞かせてくれたエルモネーラ・ヤホ、演出家にザルツブルクでのピーター・セラーズ、男性歌手にはこれまた高度に歌詞の響きを追及した歌唱のクリスティアン・ゲルハーエル、制作は「タンホイザー」か迷ったが、想定を超えた大反響ということで「三部作」、管弦楽は今回も未知の領域へと大きな進化を披露したバイエルン国立歌劇場管弦楽団、若手歌手にはザルツブルクでの名唱と「ばらの騎士」での口パクを聞いたゴルタ・シュルツとした。このブログで言及したことばかりである。



参照:
胃袋がザウマーゲンに 2012-12-27 | 料理
倭人を名乗るのは替え玉か 2016-07-04 | 歴史・時事
圧倒的なフィナーレの合唱 2017-06-05 | 音

by pfaelzerwein | 2017-12-25 19:35 | 料理 | Trackback

腕次第で高くつくかも

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先週末に開けたシュペートブルグンダーの印象を書き留めておこう。クリストマン醸造所のオェールベルク2011年である。購入直後に開けて満足しており、恐らくそれ以上に今回は満足した。風味がより強く出ていて、薬草やら藁などに2011年の果実風味が乗っていて高級感があった。25ユーロ以上出しているので、フランスのピノノワールでも近いものはあるかもしれないが、ドイツの可憐さがフランスのそれよりも品が良いかもしれない。ヴィンテージからして大手を挙げて称賛することはできないが、この程度の年度でこれだけの飲み甲斐があるのは見事だと思う。

食事に牛フィレのシュタインピルツソースを合わせた。いつものように残っていたコーヒークリームを入れたので固まってしまったが、味自体は最も美味いキノコの味がよく出ていて高級感溢れた。高級キノコもバリバリ食そうと思うと高くつくが、ソースにするぐらいの量ならば牛フィレよりは大分安い。

ブルックナー作曲交響曲七番ホ長調のお勉強は続いている。Youtubeにある録音等を聞き比べて適当に比較をして終わらせようと思った。それが益々良い録音を見つけて、楽曲への理解が深まって、簡単に終わりそうになくなった。最初から目星をつけていたブルックナー協会ドイツ支部長だったオイゲン・ヨッフム指揮でも数種類見つかった。EMIから出ているドレスデンのシュターツカペレの演奏が一筋縄ではいかなくなった。それ以前のベルリンでのDG録音を聞いている暇がなくなってしまった。しかし金曜日に聞くブロムシュテット指揮バムベルク響の演奏がお粗末過ぎるのでせめてゲヴァントハウス管弦楽団はそれ以上の演奏をしてくれないことには何をお勉強しているのか分からなくなる。だから私は超一流の指揮者で超一流の管弦楽団の演奏会しか行きたくないのである。全てが無駄になるからである ― シュターツカペレを振ったものが見つかったのでそれを聴くと、ブロムシュテット指揮のブルックナー演奏実践は、ヴィーナーフィルハーモニカ―では到底演奏出来ない程度のものだと徐々に分かってきた。



参照:
原発警備強化の物的根拠 2016-03-26 | ワイン
ブルックナーの真価解析 2013-12-17 | 音
ブルックナー交響楽の真意 2017-05-08 | 音
by pfaelzerwein | 2017-10-26 03:15 | 料理 | Trackback