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カテゴリ:雑感( 388 )

近くて遠いバイロイト

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先ずはいつもの小旅行記。近くて遠いバイロイト。帰宅は眠くなければ3時間で帰れた。記憶通りとても走りやすい。真っ直ぐではなくカーヴともいえない流れなのだが、スピードを出してもハンドルを取られない程度である。何よりもニュルンベルク・ハイブロン間は上下が少なく、薄っすらと下っている。これがとてもいい。だから疲れない、眠くなる前に、飲み食いしながら運転可能となる。夜間のトラックも少ない。

そして往路は上りながらも比較的走りやすかった。やはり平坦なのがいい。交通量最大ニュルンベルク環状も越えて、これでと思った。14時に市内で待ち合わせで、その時点で12時を少し過ぎていたぐらいなので、残り80㎞程なので、時間にして一時間見ておけばよい。つまり途中で一時間のピクニックで時間調整となる予定だった。そもそも道中の「パルシファル」の録画再生がまだ二幕までしか進んでいない。最後まで通して聞くのは難しいかなと思った。

そして10㎞ほど進むと待機帯側にトラックが並び出した。国境でもないので検問でもしているのかと思ったが、どうもアウトバーンを下りる車の列だったようだ。その列を横目にどんどん進んだ。二キロぐらい進んだところで渋滞となった。万事休すだった。十分ほどで後ろから桃色の長い車が来たと思ったら霊柩車だった ― それで10歳にもならない女の子が運ばれたことになる。そこから事故渋滞で数キロ走るのに二時間以上掛かった。今まで巻き込まれた事故渋滞でベストファイヴに入る酷さだった。その内一回はスコットランドからイングランドへの五時間以上のM1での大渋滞、もう一回はバイロイトに向かうハイルブロン周辺での大渋滞だった。なぜこうなるのだ。

その事故の報道を読むと既に9時過ぎに事故は起こっていて、結果横を通り過ぎた霊柩車でその場で死亡した小さな女の子が、41歳の親父と息子がヘリで輸送された。その場で蘇生を試みたようだが、写真を見ると車内から引き出すのに時間が掛かったのだろう。霊柩車が通ったのは12半頃で、そこから二時間だから、何をやっていたのか?記事によると事故検証に時間が掛かっていたとある。

事故自体が車に何かが起こって待機帯のトラックにぶつかったとあるが、トラックもなぜ止まっていたのか?車のタイヤの薄さからするとチューンアップしている感じもする。タイヤの破裂がもっとも起こりそうだが、それならば見分けがつく。

なによりも不可解なのは、警察が誘導しなかったことなのだが、下ろして迂回させる交通量を捌ける国道等が無かったのだろう。要するに居残ったものには二時間以上待たせるという方法が選択されtらことになる。ナヴィゲーションが果たらなかったのが幸か不幸かは分からないが、結局待ち合わせの場所に着いたのは15時10分過ぎだった。

また、完全にストップしてしまうと歩き出す人が増えるが、雨も降っていたので、小用に出るものぐらいだった ― 霊柩車を見た者はまるで弔いに居並んだようなものだと感じただろうか。10分おきにストップアンドゴーに数十メートル進むというのがまた燃費を悪くした。踏んだり蹴ったりだった。



参照:
バイロイトへの道程 2019-08-15 | アウトドーア・環境
アウトバーンでの救急車両 2017-07-06 | 雑感
by pfaelzerwein | 2019-08-16 21:13 | 雑感 | Trackback

記憶を呼び起こすために

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ミュンヘンの「パルシファル」のストリーミング録画を鳴らした。先ず眠たくて仕方がない。朝起きして一走りしてきたからだ。夜中の最低気温は摂氏16度ほどで起床後窓を開けても涼しい。だから森の中も15.5度だった。しかし陽射しに当たって走ると直ぐに暑く感じた。夕方には27度にまで上がる予報だ。なんとか峠まで上がって下りてきた。体調はあまり良くない。下りに脇腹のぜい肉を感じた。先日摘まめるのを確認した贅肉である。どうも夏場は無暗に筋力を使わないようにしているので、脂肪が離れるらしい。離れると脂落としは容易である。今までの経験上この脂が運動で邪魔になると感じれば、落ちるのは時間の問題である。漸く夏太りからシェープアップへの季節となって来た。今夏は冷たい食事をして胃腸を弱らすことも無く過ごしやすい夏となった。

帰宅、シャワー後にニューヨークフィルの放送を聞くと、新曲をヤーパァン・ズヴェーデンが振っていて、いい音を出していた。なるほど力のある楽団だと思った。観客も沸いていて、これは来年の欧州ツアーが楽しみになって来た。昨年九月の演奏の一部であるから、直前の準備の中継録音放送は大分先になりそうだ。

2018年7月8日のストリーミングの録画を流してみた。前奏曲が始まって「あれこれは」と思って流していると一挙にこっくりと居眠りして、アンフォルタスの声で目が覚めた。急いで楽譜のページを捲ると、やはり気が付くことがあった。初日の演奏の記憶をもとにあれほどダイナミックスや表情記号を丁寧に演奏してと考えていたのが、いつものペトレンコのこれでもかと言う細かな拘りが、次から次へと抑えられているのを確認。

気になって、自身の当時の記事を読むと、フランクフルターアルゲマイネの批評に「特に一幕において、独自の控え目さが目立った」とあるではないか。初日とはまた違う筈だが、ここではまさにその通りの所に気が付いた。更に先日のミュンヘンのティール氏ではないが、「続く」と書きながら筆を留めている。実は当夜の記憶を呼び戻そうとしている。最終的にはもう一度初日の留守録音を聴き直したいが、それ以前に自分自身の不満がどこにあって、続きを掛けなかった理由と、初日のカーテンコールの情景を思い浮かべたい。

不満の一つに座席の音響が今一つよくなかったことがあるのだが、当夜のメモを再び解読してみないといけない。留守録音自体もじっくり聴いていない。記憶を上書きしたくはないのもあるのだが、それだけでは無かったかもしれない。勿論素晴らしい演奏だったが、引っかかりはどこにあるのか?

帰宅後に、「サクサクと進んだが車庫出しで21時20分」書いた。始まり16時で予定終了時刻が21時15分であったから可成り淡白に出てきたことになる。確か帰りに下の階で拍手をしたぐらいの程度だったのだろう。やはり満足度は低かったのか?

しかし一幕以上に二幕、三幕と満足度は上がっていたようで、必ずしも音響の問題では無かったという事なのだろう。同時に、ストリーミングを聴くとここはベルリナーフィルハーモニカーなら更なる表現になるだろうという個所は直ぐに出てくる。そもそも蓋付のバイロイトの祝祭劇場の為に創作された舞台神聖劇であり、思うように響かせるためのファクターは幾つもある。

バーデンバーデンの復活祭の残券状況をチェックした。何よりも驚いたのは、ハルトマン作曲の室内オペラ「阿呆物語」三公演が完売していることだ。歴史的な小劇場の座席数は500席なので、延べ1500席が売れたことになる。延べニ割強は出演者の家族や関係者としても千席以上は通常に売れたことになる。なるほど入場料は一律25ユーロと格安なので地元の人が多く買ったかもしれない。少し出遅れたが初日だけでもいい席を押さえておいてよかった。



参照:
見所をストリーミング 2018-07-09 | 音
十七時間後に帰宅 2018-06-30 | 生活
by pfaelzerwein | 2019-08-11 23:41 | 雑感 | Trackback

今は昔と感じること

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パン屋が開いた。店内は列が出来ていた。毎日行かない人でも夏休み終わりとなれば、ホームメードの本物が恋しくなるのだろう。特別なパンを焼いている訳ではないが、やはり手焼きは違う。その証拠に雨が降ってくるとぼさぼさとなっていた。職人の腕が直ぐに表れる。経験が表れる。それでいいのだ。

二週間ぶりに沢を往復した。高低差が無いので楽なのだが、それはそれで汗を掻いた。外気温は摂氏17度であったが、雨雲を避けて走った。

職人技と言えばロスアンジェルスからの中継録音を聞いて、どうしてもそれが見つからない。合衆国の管弦楽団の中の所謂ビッグファイヴの中でも最高に支払われている交響楽団であるが、全くそうした職人的な気持ちを感じさせないのがロスアンジェルスフィルハーモニー管弦楽団である。創立年度が新しいだけならばそうした特徴が花咲くのだろうが、受け継がれているものが悪い。ズビン・メータがガン治療後に復帰したコンサートからブラームスツィクルスを始めた。一回目のブラームスの第一協奏曲はルービンシュタインとの共演が有名である。ここではブロンフマンの演奏で、交響曲一番の前に演奏された。そして二回目の前半の第二協奏曲の始めは聞き逃したが、やはり大した演奏では無かった。それでも三楽章が終わって拍手が来る。ロスでの西欧音楽需要などはその程度なのだろう。流石にあれは西欧の普通の音楽会ではない拍手だ。その聴衆の程度がこの西海岸の高給取りの楽団の質を端的に表している。あとの四つの交響楽団でもファミリーコンサート以外ではありえないと思う。後半の交響曲二番はそれらよりも良かった。やはりこの指揮者の十八番なのではないかと思った。

それにしてもあそこで拍手する客も客だが、放送のアナウンスが「指揮者は腕をスイングさせるだけではないぞ、全ての楽器のことも知らないといけないのだ」とか話すものだから、どんな人を相手にしているか分かる。現在の音楽監督デュダメルのお客さんである。聴衆以上の音楽活動なんて存在しないという事だろう。

「ルツェルン音楽祭の10年」第四回目を観る。生では入れなかった。もう少し早く準備しておかないと無理なようだ。期待したユジャ・ワンはまだ出ない。軸はアバドの作った楽団という事で、今回もシャイ―とラトル指揮で各々祝祭楽団とベルリナーフィルハーモニカーでラヴェル聴き比べだった。初めて導入の話しを聞いたがスイス訛りでも流石に国内向きには字幕が入っていない。お蔭さまで、南ドイツに居てスイスでの仕事も多かったのでアレマン方言の一つとして、理解は全く問題が無い。アレマンに慣れていないと違和感だけでなく更に言葉も分かり難いと思う。

なるほどラトル指揮ラヴェルは勿論悪くは無いのだが、しかしその人気指揮者がメシアンの大曲を振るとなるとそれほど売れない。それが何を示しているかと言えばその人気に反してラトルの芸術がどこまで広く知られていたかと言うと大変疑問である。だからこうした番組でその演奏を評価していても、どこまで話し手は音楽が分かっているのかなと感じてしまう。やはりジャーナリズム的に科学的批判が出来ないところでは本当に正しくも評価が出来ないのに違いない。

我々長年のファンからすれば、何をいまさらと言う気もあり、またベルリナーフィルハーモニカーが標準型の楽器配置を採用していたこともあり、ルツェルンのシューボックス型の会場を活かしきれていなかっただろうという印象しか持たない。そしてしかもあんなにつるつるのベートーヴェンを指揮したものだと、今は昔の感が強い。昨年の復活祭のことであった。



参照:
すわ、頂上往復か 2019-07-30 | 生活
次はシェーンベルク 2018-03-28 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-08-06 03:02 | 雑感 | Trackback

クレッヅマー風の音楽も

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ブルゴーニュを飲んで放送を流していたら、22時を過ぎていた。コヴェントガーデンでの「スペードの女王」の中継録音なのだが、なかなか終わらなかった。ベットに行って休んでいると寝入ってしまい、目を覚ますと零時を過ぎていた。結構な音が出ていた筈で近所迷惑だった。仕方がない。

朝は寝坊して出かけた。雨雲が来る前に戻るように急いだ。それでも7時からシカゴ交響楽団の録音が流れて、ビシュコフ指揮のマンフレッド交響曲を録音したかった。全く興味の無かった指揮者であるが、ペトレンコの担当教授だったこともあり、注意しているとやはりその指揮の巧さは直ぐに分かった。実際にコンセルトヘボーやビッグファィヴクラスを振ってもやっていることの程度が高い。シカゴをこれだけ上手に鳴らす指揮者はやはり他には知らない。緩んでしまっているこの楽団を締め直すにはムーティの後任はこの人しかいないと思わせるが、なんといってもグラマラスさが無く人気がなさそうだ。しかし音楽愛好家が聞くとやはり素晴らしいと思わせてとても魅力的だ。そして話すのを初めて放送で聞いたが、その外見からの想定とは全く異なって力づくのような人では全くなく物腰が柔らかい。

クラリネットが吹くクレッヅマー風の音楽もキリル・ペトレンコの指揮よりも抑えている。世代の違いだろうなとも思う。しかしこれだけの指揮者と超一流の交響楽団で聞くとペトレンコ指揮で座付管弦楽団が幾らいい演奏をしても程度が違うなと思う。再来年シーズンにはベルリンでもこの曲が定期のプログラムにも入りそうだ。

ペトレンコのプログラミングの大きな枠組みはその都度思い出して道標にしておかないと重要な情報を見逃してしまう。カーネーギー公演でマンフレッド交響曲を入れたのも何かの伏線のような形になっているのだろう。同様に今回の「サロメ」から「死の都市」への繋がりも徐々に見ておかないといけない。

「死の都市」の料金は2020年のオパーフェストと同じSが三回、初日がU、あと二回はMである。なんと最も高価なクラスで100ユーロ、立ち見席でも6ユーロの差がある。もうこうなれば初日狙いで行こうかと思う。ストリーミングの日は明示されていないが、恐らく四日目だろう。さてどの価格帯を狙うか?出来ればカウフマンファンが狙わないクラスで行こうかと思う。一般売りもあるので籤に外れたら外れた時で考える。19時に始まって22時の終了である。日帰りは可能だが宿泊も考えた方が安全だろう。やはり早く決まってくれないと予約が取りにくい。

さてワインのマルサネ2013年は天候を反映してか、酸が強くバランスは良くない。葡萄の熟成度が足りなかったのだろう。だから早く飲み頃と思ったが、なかなかそうでもなくて、やはり2014年とか2012年を購入した方が得だった。



参照:
すっきり目覚めの冬時間 2018-10-29 | 暦
シルヴァン・パタイユのマルサネ 2017-08-08 | ワイン
幾つもの山が当たる 2019-04-18 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-07-15 03:40 | 雑感 | Trackback

郷に入れば郷に従え

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涼しいうちに外出を終えた。これぐらいの気持ち良い日は続かない。週末にかけて再び気温は上昇するが、最低気温は十度台だから気持ちよい夜が続く。夜は寒いぐらいのバルコンでワインを開けてしっかり食事をしたい。ミュンヘンも最高気温がこちらと同じぐらいで下が三度ぐらい低いので夕立がありそうだ。乾燥しているので本当はもっと雨が欲しいところだ。自分自身にとっては無事に劇場の地下に車庫入れ出来て、会場が片付くのを待って出せればいい。雷で早めに散会すれば早めに帰れる。いずれにしても30分ぐらいは通常よりは遅くなる。土曜日の午前中に充分睡眠をとっておかないと帰りが厳しい。

そう思うと劇場からメールが入ってきていた。事前に調べていた上のようなことが書いてあって、これで電話を掛けて確認する必要もなくなった。あとは道中のピクニックや全体の流れを確認しておくことと、燃料を何時満タンにするかぐらいの関心である。場合によっては木曜日中に片づけておいてもいいかもしれない。

ネット配信の知らせとオンデマンドでもう一度楽しめると書いてあるが、何とか高音質で録音できないかと調べている。該当ページの動画のスクリプトが分かっていないと、タスクとして開けれない。調べておけばよかったと思うが遅い。どうせ当日のヴィデオを観ることは中々ないと思うが、製品化される可能性が強いのでその時でも構わない。特に今回は初日の出来が可成り完成していたので、その方の録音も大切だ。

バーデンバーデンに五月に取り行った最後のティケットの件でメールをした。細かなことなので億劫うだった。そもそも窓口で向こうが混乱していたので、システム上の問題もあると思ったからだ。つまり復活祭中に翌年の予約分を取りに行ったのだが、一枚だけ自由席分が貰えていなかった。更にその節、その夜の初日「オテロ」を引き取ったので全部で11枚のティケットが必要だった。繋がっていてブロックになるのを切り離すのが嫌だったので、先ずはオテロだけ最初に発行させて、残りを貰ったつもりが9枚しかなかった。それを五月に再度取りに行くと、既に発行してあるとなった。勿論なければ再発行しますというが、事実を調べて結果を書かなければいけなかったから放っておいた。

こうして書くだけで面倒になるように到底弁護士などは出来るような世事に携わるような人間ではない。ファクトチェックだけでも面倒で、更に事故の記憶に当たって再構成するとなると馬鹿らしくなる。兎に角手元にある9枚綴りが証拠になっていて、更に一枚だけ特別に発行させたことから紛失では無いのを確信した。そして今度は事情を如何に先方に簡単に理解させるか、更に誤りなくシステムに再びあたれるかなど再発行への準備を整えてやらなければいけなかった。一体なぜ私が働かなければいけないのか分からないが、仕方がない。そして新体制での新支配人体制での新女性社長下でのスタッフの動きにも興味があった。

結果はメールを出してから数時間後に返事があり、手元に券があると書いてきた。システムに出していないことが明示されていたのだろうか?恐らく今回書き与えたように発注番号でも検索せずに、顧客者番号で検索して見落としたのではないかと思う ― つまりへ発券上の問題点を指摘したことになるので事務の徹底化は新女性社長の手腕の見せ所だ。実際に発注番号だけでも五つぐらいあった。これで一件落着で次に出かけた時はすっと出して来る筈だ。少なくとも返信メールをコピーしておけば有無を言わせない。私の仕事賃はどうしてくれるかと言いたいが、また何かご招待でもして欲しい。

場所によって様々だが、ミュンヘンならば結構役人風のことになってこれはこれで面倒なのだが、やはりバーデンバーデンは民間の施設感がこうしたいい加減さにも表れるが、反面融通も効き易い。一長一短で、勿論その規模も違う。郷に入れば郷に従えというやつだ。これで発注した一通りの券は揃った。これだけ先に購入しているとどれがどれか分からなくなる。

チャイコフスキーコンクールで先ほど優勝したカントルフのバーデンバーデンデビューが売れていない。理由は名無しで発売していて、今度は優勝者としてフランス以外ではあまり知られていないからだろう。フランスから国境を越えてもう少しこればよいと思うが、広報が行き届いていないようだ。土曜日でなければ19ユーロが魅力で出かけたかもしれない。

ゲルギーエフはその政治姿勢からも反感は強いが、少なくとも祝祭劇場を救った功績という事では感謝に堪えない。安物とか何とか悪口を言ったが、彼の協力がなかったら来年からの栄光の時も何もなかったかと思うと言葉も無い。



参照:
ホモのチャイコフスキーは? 2013-12-24 | 文化一般
「キリルと高度に一致」 2019-02-05 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-07-04 05:11 | 雑感 | Trackback

想定より急がされた決断

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来年出かけるケルンのフィルハーモニーについて調べた。重要な音響についてである。最も問題になっているのは遮音性であると書いてあった。街の中にあり、交通規制が必要になると書いてある。実際にはスケードボードとかスチュワーデスバックの転がる音がホール内に響くと俄かに信じられない事が書いてある。地盤の作りの問題と思っても、車とか地下鉄なら分かるが、一体何だ?釣り天上で上が落ち着かないというのなら分かるのだがどうも違うようだ。少なくとも通行制限で処理されていると書いてある。

放送ではお馴染で最も印象に残っている中継は小澤征爾指揮のヴィーナーフィルハーモニカ―だった。「プルチネッラ」は録画していると思うがとても印象深かった。

会場の大きさも2000人と比較的小振りで、ワインヤードでなくコロシアム型になっている。しかし、舞台の背後は扇の要になっていて、160席ぐらいしかない。車いす席などを取ればシューボックスにおける合唱席とそれほど変わらない。更に舞台の後ろが結構高い反射板の壁になっている。興味深いのは半円形舞台で楽器配置もそれに準ずるようになる。

今回考慮したのはワインヤード型のエルプフィルハーモニーとの音響的な相違である。演奏曲によっても優劣は変わるかもしれない。放送での印象からするとよく鳴るホールでありながら濁り感は全くないのがケルンで、寧ろ綺麗に響き過ぎる感じがある。近いところでは天上の反射板からの跳ね返りがありそうで、視覚的にも上から来る。舞台上のひな壇からのカメラで見ると、最高額席の最後列ぐらいの高さが丁度だが、そこでは左右から棚の壁が張り出してくる。吊り下げマイクで録られた拍手の音は可成りしっかりしていて、ファンダメンタルがあるのも特徴だ。個人的には大管弦楽は一望したいので、ある程度距離を置きたい。もう一つは距離感の問題で、コロシアムの後方になると棚を含めて急激に上昇している。要するに視界はとても効くようになるが、今度は天井との距離が問題になってくる。エルブフルハーモニーでは最上階席の庇を除くと問題にならない条件がここでは出てくる。それでも舞台との距離感や視界がよいとそれ程残響が間延びした感じはしない筈だ。典型的な例はアルテオパーの舞台から遠い席の距離感と残響感がとてもマッチしていて視界程に遠く感じさせない。

エルプフィルハーモニーの特上席を狙った。しかし価格225ユーロを確認したら出足が鈍った。ルツェルンの最高金額320フランには至らないが、ここからの足代は更にかさむ。そもそもそのプログラムのスターターの一曲「三章の交響曲」だけがお目当てなので、宿泊代を計算してと思っていたら、出遅れた。そして結論は、やはり最高額の数少ない良い場所を狙うか、一番安いところを狙うしかないとなった。しかし予想通り電話は繋がらない。完全に最上額席が入らないことがはっきりすれば方針転換する心算で電話をかけ続ける。

10時発売開始の30分以内で繋がらなければ最低額席は難しい。一時間以内でいい席があるかどうかだろうか。ネット販売開始は八時間後で、別枠でおいてある可能性は無いので、直ぐに入れても殆ど残っていないと想像する。そもそも中途半端価格帯は希望していなかったので、確認するだけの作業になりそうだ。

さて、これで決心がついたか?なんと一日仕事になってしまった。しかし思いがけなく違う方向へと打開策が表れてそれも直ぐに決断すべきと分かったので大変だった。要するに秋に購入すればよかったケルンでの券がもう既に大分出ていることが分かってしまった。これ以上待っていても入手の可能性すら危うくなる。すると高価でもハムブルクに出かけなければいけない。しかしその券が入手が難しいとなるともはや選択の余地が無くなった。三回券の定期で手を打たなければならない。単独券ならば更に高価な席を狙ったが、三回券で二回ぐらいしか行けないとなると、一枚は売ってもどうしても無駄が出る。

そしてエルブフィルハーモニーの入場券ネット解禁の18時、なんと残っていた!やはり価格がネックになっていて、背後の席を中心に残っていた。これならば年始のユース管弦楽団よりも残っている。説明はつかないが、この価格になると冷やかしが消えるという事だろう。それどころか殆ど私の理想としていた席があった。それをクリックも椅子取りゲームになる筈がならなかった。不思議でたまらない。

そして支払おうと思うとログインできない。焦る、そのまま名前等を入れると支払いまで行った。カードで払うと、携帯電話が必要になった。ガレージに走った。口がカラカラになった。15分の持ち時間に焦った。支払額229ユーロでケルンにもし三回券で支払っていたよりも10ユーロだけ上乗せされた。先ずはこれでいいのだ。文字通りプラチナティケットである。



参照:
エルブフィルハーモニ訪問 2019-01-11 | 文化一般
高くて旨いのは当たり前 2019-06-20 | 生活
by pfaelzerwein | 2019-06-21 01:52 | 雑感 | Trackback

三人指揮者の交響楽

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アイヴス作曲交響曲四番である。楽譜も手元になかったのでお勉強の準備も限られて、時間も無かった。それでも少しづつ全体の形は見えてきた。当日の車中で更にもう一つ先に進めるか。幸いなことに、7月11日に実況録音放送があるので、事後になっても幾らかは把握できるに違いない。

手元には、LPで小澤指揮、CDではティルソントーマス指揮の二種類の録音がある。後者はコピーしたが、どうも使い物にならないようだ。YouTubeで見つけたのはストコフスキーの録音とTV中継ドキュメントである。これが作曲家自身へのインタヴューだけでなく、ストコフスキーの解説までがあって価値がある。

その冒頭にこの管弦楽編成における遠近感を話している。遠近感と言えば昨年ブロムシュテット指揮で聴いたベアヴァルトの交響曲そのものではないか。当然ながら更に様々な要素が含まれるが、1910年の作曲としてもそれだけに収まらない点が、そこで指摘されている。

小澤の指揮は流石に優れていて、恐らく今でも代表的な録音と思われるが、ストコフスキーの指揮がやはり良さそうだ。往路の車中でじっくり聴いてみたい。

三人の指揮者は昨年ルツェルンの「グルッペン」で観たが、今度はどのような感じになるのだろうか。先ずは座席を除去してしまったところに何が来るのかとか、その位置関係だけでも楽しみである。



参照:
初心に帰る爽快さ 2018-09-09 | 文化一般
晩夏日和の忙しさ 2018-09-28 | 暦
by pfaelzerwein | 2019-06-14 17:38 | 雑感 | Trackback

心安らかに眠りに就く時

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ベルリンでの演奏会の録音を聞いた。日本での評判をフィルターに掛けるのは自動的であるが、やはりそれでも騙される。ヴァイオリンのイヴラジモーヴァがどの程度か、やはり誤解していた。いつものように感想文ではなく感激文に騙された形だが、タタール人とも知らなかった。なるほど日本での感激がアジア的なそれだったのも当然だが、それ以上にメニューイン学院の言及に騙された。よく考えれば一人そこ出身の人を知っているが、ピンからキリではなくてその程度だと再認識した。

楽器が大したものではないのは、先日の諏訪内の「ドルフィン」とは比較しようがないが、ピエトロ・ガルネリの1738年産とある。あの押さえつけたような弾き方で、あれではどうしようもないと思った。技術的にも想定したものよりも大分悪かった。なるほど日本辺りでコツコツと稼いでいる筈だ。

様々な人が感激したことを書くのはいいことだと思うが、中途半端に批評と称して感想どころか感激を綴っていて、そこには全く基準座標が無いことが大問題である。要するに評価が味噌糞一緒なのである。やはり玄人と呼ばれるような人が確りした客観たる判断基準を持っていないのがいけない。やはり日本においては芸事は所詮芸者の時に言うものなのだろう。今回のベルリンでの登場も日本辺りからの売込みが背後にあったのかもしれないと思わせた。ノルウェーの怪我をしたピアニストによる協奏曲と比較してそれほど悪かった訳ではないが、期待したこちらが悪かった。迂闊だった。

それ以上に痛かったのは指揮者のお話しが無かったからで、これでは致し方が無い。代わりに前日にミュンヘンで演奏会のあったブロムシュテットのEUに関する話を聞いた。これも音楽の話しではなかったのでそれほど価値は無かった。オペラの方はオンデマンドになった。ちらちらと映像を観ていたが、終演後の喝采は大きかった。なぜなのかは聞いていないのでまだよく分からない。

試飲会に行く途上、YouTubeにあった「ロジェ王」を聞いた。最初の音からして、楽器編成やらその音色からして、カンブレラン指揮のフランクフルトの座付楽団の出番ではないと思った。その分厚さと言い印象主義を超えたような音響はあの楽団では難しい。要らぬものを聞いてしまったと思った。要するにパパーノ指揮のコヴェントガーデンの上演とでは格が一緒になりそうにない。このフランス人指揮者も日本では大物になっているが、少なくともモルティエ時代にザルツブルクで聞いた印象やSWFでの録音等を合わせるとそれ以上の結果は出せないと思う。

朝起きて、クリーヴランドからの放送を少し聞いた。シカゴ交響楽団がバレンボイム指揮で「我が祖国」全曲を演奏している。本当は録音したかったが寝坊した。そして聞いていると、交響楽団が全く巧くないのである。勿論嘗てのショルティー後のバレンボイム監督時代を期待して聞いていたが、これは違うと思った。案の定2018年の中継録音だった。なぜ当時の実況が聞きたいかと言うと、それと比較して、現在の出来の悪さを明白にしたいからだったが、比較以前に弦楽だけでも下手だった。シナ人コンサートマスターのようだが大分落ちる。来年また生で聞く機会があるが、あまり期待できない。

出かけている間にヴィーンの楽友協会でこれまた日本では絶大な評価のある指揮者のヤンソンスが倒れたようだ。今回の一連の演奏会でも可也無残な指揮だったようだが、もはや引退しかないように感じる。90歳過ぎの指揮者ブロムシュテットが好んでヤンソンスの言葉「六十歳からが指揮者」を引用するのには幾らか皮肉が隠されているのだろう。ヤンソンス指揮の昨年から幾つかの中継を観ていて専売特許の強引なドライヴが出来なくなっていて、誰が振っても同じような状況になっていた。心臓疾患のようだがあの年齢であれだけ体調が悪いとなると指揮活動は難しい。水曜日に予定されていたエリブフィルハーモニーでの公演は誰が指揮するのだろうか?中継がそのままあればそれはそれで楽しみである。

試飲会からの復路、車外温度が摂氏37度まで上がっていた。間違いではないのだろう。陽射しがそれほどではなく、乾燥しているので、長袖で気持ちよかったが、高気温だけに水分は身体から大分蒸発している可能性がある。じっくりと水分を摂取して、ゆっくりと食物を摂取して、気持ち安らかに眠りに就きたい。



参照:
貧相なエンタメを嘆く 2019-01-03 | マスメディア批評
とても魅力的な管弦楽 2017-01-30 | 音
by pfaelzerwein | 2019-06-03 04:13 | 雑感 | Trackback

店仕舞い商法もどき

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ドルトムントからティケットが届いた。二枚組になっていて発券番号も連番だった。そして四重奏団の名前も繋げて書かれている。やはり前半後半で弾くのだろうか。まだまだ先のことなのであまり考えないが、日本での放送の一部を小耳にするとベルチャと言う方は本格的な弦を弾いているがその分音も分厚く、第一ヴァイオリンの女性の見映えそのものだ。あまり和音を響かせたベートーヴェンは聴きたくないが、もう一つの四重奏団エベーヌの方が名前の通りならバランスが取れるだろうか。あまり共通性の無い二つの四重奏団のような気配がある。

今年の準備も追々進めていかなければいけない。先ずは、ヘンデル「ロデリンダ」である。なんと完売している。更に調べてみるとネットにフランクフルトのトレーラーが出ている。なるほどクラウス・グートのプロジェクトアイデアを聞くとそのあまりもの明晰さに揺さぶられる。やはりこの人も週末に話したピーター・セラーズとはまた違った意味で天才的である。音を聞くと、ちょっと信じられないような音が座付楽団から出ている。指揮のマルコンにもとても期待したい。

それに引き換えカムブレラン指揮の「王ロジャー」の売れ行きは酷い。自らが監督だったらまた辞めると喚きたてるだろう。バイセクシャルの人間は皆似ているところがある。日本で人気があると言えばもう一人、ぺレスと言う女流ピアニストがいる。元々そのモーツァルトの安売りCDをネット試聴して内田の録音などに比較すればこれは価値が無いと思っていたが、引退騒動でインタヴューなどを聞いていて更に驚いた。「ピアノが弾くのももう嫌だけど日本で最後稼いでくる」という意味のことを語っていたので驚き、腹立った。そして今また盛んリサイタルどころかルプーに代わって登場するなど稼いでいる。恐らく住居のあるユダヤ人の多いチューリッヒへ暇に出てくるというなら分かるのだが、ハムブルクまで公演旅行をするというから只者ではない。あそこまで嫌と言ったのが本当だったのか、何か訳ありだ。まるで閉店閉店と万年掲げているような布団屋の閉店商法である。出てくるならばピアノを弾くのが嫌になったとあの歳で言うべきではなかった。余程金に困っているのだろうか?日本人ほど簡単に金を巻き上げれる聴衆もいないであろう。

その次の週のケント・ナガノ指揮のアイヴスの交響曲の副指揮者三人目の名前が出ている。兎に角、作曲家のピンチャーが序でに指揮するということは無いらしい。こちらの方はまだまだ売り切れていない。

コンセルトヘボー管弦楽団の演奏会が安売りになった。少々感じるところがある。ルツェルンのフェスティヴァルでのことだが、売れ行きが極端に悪いことは分かっていた。責任はルツェルンの舞台でコンツェルタントでもオペラを上演するという魂胆だ。同様のカラヤン二世指揮のダポンテシリーズは中ホール販売なので完売寸前である。勿論バルトリ効果は見逃せない。同様にソヒエフ指揮も人気が無いが、こちらはギャラが安いから問題になり難い。楽団の問題もあるが結構実力があっても入る入らない人気あの有る無しの指揮者がはっきりしてきている。私がこの二人を今まで聴いていないというのがとても良くそれを裏付けていると思う。

本当に危惧されるのは、コンセルトヘボーの人気低落つまりシャイーなどの時からは明らかに技術的に落ちている。そしてルツェルン音楽祭の安易なコンツェルタンテのオペラ上演である。バーデンバーデンとは異なって可能性が限られるというのは支配人も述べていたことであるが、やはり余程創造的に動かないと駄目だ。

一方、懸案のペトレンコ指揮シェーンベルクは大分出たのでこれは殆ど売り切れるだろう。ラトル指揮の中ホールも先ず先ずだ、同じ金を出すならばこれの前夜に一泊して、シャイー指揮のマデルナやリームを聴く方が価値がある。安くいい宿が見つかればである。



参照:
ワークインプログレス 2019-05-02 | SNS・BLOG研究
儒教に沿わない男女同権 2019-04-01 | 文化一般
カロリーだけでなく栄養も 2017-12-12 | 生活
by pfaelzerwein | 2019-05-23 01:21 | 雑感 | Trackback

静かな熱狂の意味

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泊まったホテルは高得点が付けられていた。しかし実際には全くだった。それどころかタオルも部屋になく、言いつけておいても結局は届かなかった。最後にそれを指摘すると朝飯を奢らせてくれと言う。時間が無いと断るとコーヒーを持って行けと渡される。序でにジュースも飲んだ。

結局はコーヒーも運転席でひっくり返してシャツを汚すだけでなく、窓も開かないようにショートさせてしまった。大変な損害だった。それでも気を取り直して調べた近所の湿地帯へと立ち寄る。そこで持ってきたものでピクニックしたかったからだ。天気も丁度良く気持ちよかった。

今回は演奏会前日から興奮して睡眠時間が短く、演奏会後にシュツッツガルトの老夫婦と話していたらまた寝不足になった。それでも無事帰宅した。やはりあれはイヴェントだったと思う。詳しくは改めて纏めたいが、会場の座席選びも図星で、とてもいい席を押さえた。キリル・ペトレンコ指揮マーラー作曲交響曲八番をあれ以上にいい席で聴けるのは今後ともなかなか難しいかと思う。

公演前には夏のブレゲンツ音楽祭の水上舞台と観客席も見学した。一言、あれではヴェローナあたりのオペラ上演とどっこいどっこいだと分かった。そこで弾いているヴィーナーシムフォニカーと言うのがどの程度の楽団かもそれで知れる。まともな音楽家はあれには拘わりたくないであろう。

要するに音響も劣悪そうで、更に舞台の可能性も全く大したことが無いと認識した。あれならばヴェローナのアイーダの方がましかもしれない。あんなものを中継やらメディア化してもどうにもならないであろう。要するに観光客目当ての夏の人寄せアトラクションでしかない。私なら個人的にイルカショーの方が行きたいと思う。

そのようなところに併設されている劇場だから文化的な香りはとても薄い。場所にヴィーナーシムフォニカーと名を付けるぐらいだから、バーデンバーデンにベルリナーフィルハーモニカー広場を作るかという話しになる。白い頂が会場からも見えてそれは素晴らしいのだが、所詮その程度である。

しかしそうした会場であれだけの熱狂を湧き起こす演奏会を催すということ自体が如何にイヴェント性が高いかということになる。誤解があってはいけないが、折角の最弱音に携帯電話が鳴り響いたことを除けば ― あそこは折角の録音をどうにかしないといけないだろう ―、そんなに悪い聴衆ではなかった。その静かな熱狂について考えなければいけない。



参照:
まるでマイバッハの車中 2018-05-27 | 生活
再びルクセムブルクへ 2018-04-26 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-05-20 00:22 | 雑感 | Trackback