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大当たり二等170ユーロ!

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当選!発注していた楽劇「サロメ」の配券があった。思ったより良い席である。但し公演日はカメラの入る日で、高品質な録画は自分では出来なくなる。それ以上にまたカメラに映りそうな席だ。ある意味ペトレンコ体制では常連さんに間違いないので、昨年の記念公演に次いでカメラに入れてしまえというような感じさえする。衣装だけ考えておかなければいけない。それ以上に広場がパブリックヴューイングで閉鎖になので駐車などがどうなるのか、また新しいことを覚えさせられる。出し物が一幕ものなのでそれほど面倒なことはないだろうが、最後の拍手も早めに切り上げになり私の助力も必要なくなる。

座席のクラスは、第一希望の上位クラスになったが、今までコンサートで一度座ってもオペラでは座ったことの無い場所である。その距離感や角度は分かっているので全く心配は要らない。コンサートの時よりも中央の王のロージュに近く、完全に奈落も監視できるので、音響も悪くはなく、かなりいい席だ。なにもマルリス・ペーターセンの裸体は見たくはないが、文字通り身を投げ出しての舞台は近いだけに鬼気迫るのではなかろうか。

価格は安くなり170ユーロと、第一希望の高価な初日185ユーロよりは15ユーロも安くなった。つまり敗者復活配券になったということだろう。それでも第二希望が当たったとも出来る。やはり、安いクラスはより厳しくなり、何でもいいという人には上のクラスを配券するのは当然だろう。ひょっとすると上の差額で駐車料金が相殺になるだろうか。一幕ものの「サロメ」の価格としては許容範囲内だろう。懸案のヴィデオは恐らくオンデマンドのMP4で構わないが、録音だけ可能かどうか技術的に研究してみよう。

これで、初日の放送を聴いて、使用楽譜に関しても研究可能となる。正直なところ「サロメ」は今更の感のある出し物で、万が一外れることも考えたのだが、行くことになれば筋が通る。先ずは、この20日に「ミサソレムニス」を歌うペーターセンとブルンズは、夏に「第九」でもクールマンと揃って出場する。また、五月の千人の交響曲には「第九」のヨウンがクラウディア・マーンケと並んで歌う。嘗てのカラヤン時代のようにいつも同じようなトップ歌手が出るわけではないが、徐々に事務所の関係からも同じような人が重なって出るようになっている。道理で歌手にもお馴染みが増えてきた。一部はミュンヘンとは関係なくベルリンの体制でも引き継がれるだろう。

土曜日に峠を攻めようと足拵えをしていたら、靴紐が切れた。普通の紐ならば交換すればおしまいだが、これはループ状のものが使われていて、くっつけないと使えない。早速洗浄して室内で観察すると、紐だけでなくて、その通し場所も切れていた。靴自体は二年前の三月に購入していて、その商品一号から使っているシリーズとしてはが最も長く使えた。昨年はアルプス行はならなかったが、前年は二回はアルプスでも使っているので充分だろう。次の後継商品を選択するのに時間が掛かるので、先ずは紐を結んでループの場所を動かして、留め紐を糸で縫って瞬間接着剤で固めた。上手く行けばもう一月ぐらいは平素のトレーニングに使えるかもしれない。そこの踵の分厚いところに数センチのねじがねじ込まれていた。いつの間に踏んだのだろう。街中で履くことは無いので不思議に思っている。そこにも接着剤を流し込んだ。



参照:
待望のランニングシューズ 2017-03-22 | アウトドーア・環境
次世代への改良点 2017-12-03 | アウトドーア・環境


by pfaelzerwein | 2019-02-11 03:50 | 生活 | Trackback

頭の悪そうな出で立ち

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散髪に出かけた。9時始まりでなくて8時半だったので、先客がいて追い返された。一時間後の約束で出かけると他の客が入っていた。更にそのオヤジと手を止めてやりて婆が話しているので、そこにあったプファルツの雑誌を捲っていた。中々いい線をついている雑誌で写真も印刷も綺麗で、地元民は喜んで隈なこになってそこから情報を取ると思う。私もザウマーゲン世界大会の記事に釘付けになった。

前回は11月だろうと話したが、実際にそうでオテロ上演訪問に時間をおいて出かけた。本来ならば1月のチューリッヒ訪問の後と思っていたが、寒さが厳しく伸びに伸びた。バリカンを思い切って入れたことで、あまり邪魔にならなくなった効果もある。そして寒さが緩んだところで、何とか済ました。これで次回は春の声を聞いてからだ。

これで、ミサソレムニスのお勉強に集中できる。その前に幾つかの生中継などを聞かないといけない。週末は先ずはベルリンからパウのソロでのピンチャーの協奏曲である。作曲家としても指揮者としてもあまりいい感じはないが、ベーレンライター社が紹介の呟きに早速反応していたので、そこから出版しているのだろう。パウファンはいてもピンチャー関連とは全く予想しなかった。同時刻にミュンヘンから「ヴァルキューレ」中継も流れているが、ラトル指揮ならば「ジークフリート」の方に期待したい。中々あの楽譜をコンサート指揮者が指揮するのは難しいと思う。

先日シカゴからの放送を紹介してそこで協奏曲を弾いたヴァイオリンのカプソンからいいねがあったのも意外だった。名前は知っている演奏家だが、あまり知らないのでプロフィールを見ると偶然ながら友人とこの演奏家は同僚かも知れないと分かった。必要ならば直接にフィードバックも可能なのでタイマー録音したのだが、残念ながら無音で失敗した。指揮もビュシュコフである意味シカゴに本当に必要な指揮者かもしれないとも思った。

メールが入っていたので何かと思うと、ロンドン交響楽団YouTube中継のリマインダーだった。それも既に放送が流れだしてから入った。録音録画をしておいた。この手のものではイスラエルからのものは知っているが他所の交響楽団がどうなのかも興味だった。形式は垂れ流しで同じだが休憩にあまり表情の良くないおばさんがしきりに話していた。楽員なのかどうか知らないがそこまで頑張らずに、ソリスツなどにインタヴューでもすればよいのにと思った ― 後で見ると冒頭に付け足していた。客席も満席ではなく、それほど湧いていなかった。

指揮者はエリオット・ガードナーで嘗てモンテヴェルディ楽団を指揮しているときは興味津々な活動をしていたがその後はバッハなどを振らせても全く精彩がなかった。今回も態々楽員を立たせてシューマンなどを演奏させていて、これは今流行りのギリシャ人カラヤン二世の物まねかと思った。勿論起立して演奏させるのはなにも珍しくもなく、特にバロック音楽では昔からやられていたが、こうした比較的古い交響楽団にロマン派の音楽をこのように演奏させる意味が皆目解らなかった。あれはやはり楽員のお通じや健康を考えたものなのだろうか。要するに演奏実践上では不利な面ばかりが聞こえて、利点は全く感じなかった。バロック音楽ならば上体の触れが大きくなって、それが本来の音楽的なグロテスクに結びつくことはあっても、シューマンの演奏で何を奏でようとしたのか?何かその指揮の鈍さと相まって、カラヤン二世ならば流石にこうはならないだろうと、まるで年寄りが若者を引き立てるようなショーでしかなかった。最後には楽屋からパインビーアを持って出てくるなど、明らかに頭の悪そうなことをしていた。

この老舗交響楽団は英国で屈指の実力を誇る筈であり、サイモン・ラトルが指揮者になって高額券で売られる様になった。しかしこうしたコンサート中継を見ているとただただ荒っぽくて、決して歴史的な奏法云々の話しではなく、また共演のヴァイオリンのファウストの演奏も全く冴えなかった。アンコールの「真夏の夜の夢」ぐらいがまだ面白かったぐらいだ。一度コンサートに行こうと思っているのでとても不安になった。それはベルリンのフィルハーモニカーならあれだけ不細工なことにはならない - でも新体制へまだまだで、これからである。それでも次の中継は、ハイティンク指揮のブルックナーなので、中継の様子も分かったので楽しみにしよう。

土曜日から日曜日にかけてはボストンからの中継である。リサ・バティシュヴィリのシマノフスキーもいいが、コープランドなど面白いプログラムで、やはりネルソンズにはライプチッヒでもこうしたプログラムで勝負して欲しい。



参照:
無色透明な音の世界 2018-11-10 | 音
音楽劇場の社会的な意味 2019-01-28 | 文化一般


by pfaelzerwein | 2019-02-08 23:28 | 生活 | Trackback

ジーンズを返品する訳

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暫く寝かせていたジーンズを送り返すことにした。理由は色合いだ。少なくとも私のモニターで見た色と現物では差がある。私などは色合いの細かなところに無頓着な人間だが、最近は気になることが増えてきた。今回のジーンズも現在のものがそれ以前のものと異なって濃いブルーだったので夏に使い難いことに気が付いた。冬場は寒さは無いのだがそれでも軽さがあった方がよいことが多い。そこで適当な色を購入したのだが、前回のものとほとんど変わらなかった。

勿論返品にはその理由を敢えて書いてあげた。商業的にも今後の大きな参考になる筈だ。そもそも私が購入してから数ユーロも安くしているのも許せなかった。現行のもののように最安値で購入していたならばまだ諦めがつく。今回発注したのは1%ウレタン入りだったのでその手触りを見れたのは価値があった。やはり出来る限り純綿を選びたいと感じた。

朝目覚めると、部屋の中が明るい、寝坊したのかと思うと、雪が乗っていた。夜中に寝つきが悪かったのも気圧が変動したからだろう。即パン屋は断念だ、毎日走る心算で早起きの予定だったので、二度寝になった。さて明日は取り返せるか?

そろそろ週末の準備だ。先日劇場で忘れたマフラーは見つかっているようなのでフィデリオ最終日公演前に取りに行く。また新しい事務室に出入りするようになる。またまた劇場の中の様子に詳しくなる。

部屋着にしているシャツの襟元が破れてきた。洗濯をしてもしないでも結果はあまり変わらないらしい。一度洗濯してもう一度着れるかどうかぐらいだろうか?次に下ろすシャツは決まっている。二年ほど前に卸してから年初めのハムブルクまで着た。合わせるのが難しいストライプだったので十年ほど前に安く入手したが、袖を通すまでに熟成した。それだけ外出着に使うとは思っていなかったが、一度目立つとその次もと思って結構使えた。普段着に卸してまた二シーズンぐらいは使えるか。

月末である。クレディットカードの一つが落とせなかったので一時封鎖とあった。またスパムメールかと思ったら本当だった。買い物の時に間違ってそのカードを使ってしまっていたことを忘れていた。週末使う予定だったが、他のでも使えるように準備しておこう。

今夜中に纏めて準備しておかなければいけないものもある。散髪も断念して、先ずは体調を崩さないようにこの週も乗り越えたい。



参照:
新しいシモンのパンツ 2017-08-30 | アウトドーア・環境


by pfaelzerwein | 2019-01-31 00:06 | 生活 | Trackback

ベーシックな生活信条

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「フィデリオ」再演初日が近づいている。準備をしなければいけない。今回は多くの人がそうしたように、四日間の日程の中でいい券が入る日を予備として手を付けた。私などは最終日にまさかあんな席が入ると思っていなかったから、二日目を捨てることになった。初めての公式交換サイトでのオファーをした。そしてその二週間ほど前の経験が直ぐに役に立った。

自身の券を売るにも面倒だと思って顔見知りの劇場のカウンターのオヤジに話していたのだが、一年前に初日買い出しを奨められたように、交換サイト参入にも後押しされた。第三者同士のことで責任がないからと言ってもよくも簡単にとも思った。そして試してみたのだった。

そして今回は不測のことから不要になった他人の切符を捌くことになった。交換サイトでは修羅場にならないように値崩れしないように額面でしか売ってはいけない。つまりオファーはそこでは出せない。安くしないと難しいと感じたのは昨年のクリスマスから出されていた同じ列の平土間のオファーが消えていないからだ。最高額券が必ずしも捌けない訳ではないが、いくつかの条件があって、例えば初日とか最終日の同じ席ならばもう少し捌けたと思う。その次に二席並びも捌けた。理由はハッキリしていて、一人で高額席に出向く人は、全く関心の無い人かよほど関心のある人で、後者はあらゆる手段を駆使してその程度の席は入手している。今回は前者の人にまで伝わらなかった。本当は幾らでも27日の日曜日にミュンヘンに日本からの出張者はいた筈で、見本市や学会の状況は分からないが三ケタに上ると思う。日曜日の夜は出張者にとってはフリーも多い。

そこで様々な方法を考えた。一番確実な一つは交換サイトで券を探している人である。生憎高額券一枚を求めている人は皆無で、二枚は複数いた。理由はハッキリしていて、今回は再演であり、その演出もそれほど評判が良くないからだ。私自身243ユーロはどうしたのだろうと思った。オールスターキャストは認めるとしても誰が欠けるか分かったものではない、音楽監督の肩に重荷が掛かる。自信のほどをのぞかしているとなると、これまたこちらも武者震いである。

さて件の券は結局年金生活者の人の手に行った。なぜ彼が143ユーロと中途半端な座席を求めていたのか。年金生活者だから金がないよというような前提にしては高額であり、少なくとも私にとっては高過ぎる。要するに私よりも金持ちだ。それでもこちらの243ユーロとは100ユーロの差額がある。143ユーロの上は183ユーロである。それどころか下の102ユーロでもよいと書いてある。到底成立しない価格差だ。だからこちらの適当な価格で出してみた。文面も若干ざっくばらんだが、受け渡しなどにも言及しておいた。出してからあの額なら結構いい買い物だと思った。そして自分も、十日ほど待つだけなら、今度やってみたいと思ったぐらいだ。疑心暗鬼でそのニックネームもなにか騙しでよほどの交換のプロかとも思った。だから、価格交渉には乗らないぐらいのつもりだったが、反対にプロなら一度会ってみてその人物像によって色々と手解きを受けてみたいとも思った。場合によっては値引きしてもよいぐらいにも思った。

しかし現実は違って、親爺が昼前に回答して来たメールには婆さんの写真までついていた。そして、「私は身体が不自由だから嫁さんに取りに行かす、お見知りおきを」と書いてあるのだ。なにも婆さんの写真などは見たくはなかったが、仕方がないので開けると、背景は教会なのである。笑ってしまった。彼、彼女らの生活信条というか、少なくとも他人に「私たちはこういう人ですよ」と語っている。彼らの信条告白だ。なにもそれに付け加える言葉が出ない、少なくとも私の住んでいる地域ではありえない風情だ。これがバイエルンの片田舎でなくて、都市部の恐らく電車で簡単に劇場を行き来できるところに住んでいる人たちだろう。

こういう人たちがあのミュンヘンの劇場のベースになっている人たちで、その芝居からオペラからいつも最新のモードやハイブローな思考にも触れているのだとも分かった。これこそが生涯教育の公的劇場の使命なのだ。その割に、上の二組とも私のように一時間も早く出かけてガイダンスを受けに行くという人でもなさそうなのだ。私もその価値があったのは一度のみで、あまり良くはないと思っているのだが、これまた只で何か参考になるものがあるとなるとどうしても貪欲になってしまうのである。彼らからみると「これまたなんと熱心な真面目な人だ」と思われているに違いない。

謎解きを忘れていた。彼が143ユーロを求めていたのは、足が不自由だから平土間に座れるそれが最低の価格だったのだ。しかしその席の割り当て48席が四つの車椅子席の間にあるだけだ。殆ど可能性はなかったと思う。それが前から四列目に思いがけずに座れる。上階にもエレヴェーターはあるのだが、座席までには階段がある。こうした需要があるとは考えたこともなかった。



参照:
覚醒させられるところ 2019-01-22 | 文化一般
ドレスデンの先導者 2018-08-29 | 歴史・時事



by pfaelzerwein | 2019-01-23 02:34 | 生活 | Trackback

エルブフィルハーモニーへ

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ハムブルクのお調べに大分時間が掛かった。ナヴィがアップデートされていればこんな苦労はしない。もう少しの辛抱だ。実はルクセムブルクの駐車場から車を出そうとしたらAT変速器が動かない。ちょこちょこと動かして誤魔化したが、帰宅した車庫入れでも苦労した。ネットを調べることにして翌日に回したが、修理するなら朝一で駆けつけて緊急にやってもらわないといけない。

就寝時刻からして難しかった。ネットでも故障の原因とその構図は理解したが、つまりブレーキを踏まないと入らない急発進防止システムへのワイヤーが緩んでいるようだ。つまり直すとなると車を持ち上げて結構な時間が掛かる。何とかハムブルク往復だけはと考えた。

そして思い出したのは、レッカー移動の時のギアーの外し方だ。それを試してみた。エンジンを掛けたままでブレーキを踏む代わりに手動で下のカムを押した。どうもそれで問題なく動きそうである。しかし発信する度レヴァーの横に棒を突っ込むというまるで、原始的な自動車の手回し始動のような感じである。ハムブルク往復だけ先ずは無事に済ましたい。

エルプフィルハーモニーへは宿からは30分も掛からないが、波止場街を走り抜くには調査が必要だった。そこらじゅう橋で結ばれていて、誤ったところに入れば桟橋から落ちそうである。神戸の波止場を知っているのである程度は分かるつもりだが、ハムブルクも結構な街でマンハイムよりは大きい。更にフィルハーモニーからの案内に従ってなんだかんだとエスカレーターに乗ったりと面倒なお話である。そもそも出入りで規制があるようなところは好まない。

ホテル自体は高速の下り口から簡単に行けそうで助かるが、初日に戻ってくる前に食事を済まそうと思うとレストランも調べなければいけない。あのビルの中では可成りとられそうな感じなので嫌なのだが、車を動かすわけにはいかないので調べてみよう。

翌日は街中のオペラ劇場で、同じタイヒ広場から街中のリングに入っていく。歩いたことはあるところだが車では一度通ったかどうか程度なのでこれも調べておかないと心許ない。つまりナヴィ以上に土地勘を持って現地に乗り込むということだ。こちらは場所が場所なので遅い食事も可能性があるか?これも調べておかないといけない。

ブラームスの生家などを覘いている暇があるだろうか?郊外の見学を完全に諦めて昼時から街中に駐車しておくというのなら可能だが、結構な駐車料金になるだろう。市内観光の車利用の不利な点である。郊外はこの時期誰もいないようなところなので、足元さえ悪くなく、車の中で暖かくして楽譜勉強出来るならばよいのだが、これもなかなか難しい。

ルクセムブルクには早めについたので、「春の祭典」聞きながら楽譜チェックをしようと思った。それがクリーヴランド管弦楽団の録音をコピーするのを忘れていた。仕方がないので楽譜を暗いところではやめくりして通したが、これが結構良かった。なんといっても倍速三倍速にするので早い。



参照:
影を慕ってハムブルク 2018-12-16 | 文化一般



by pfaelzerwein | 2019-01-08 20:36 | 生活 | Trackback

ルクセムブルクへ一走り

ベルリンの宿を予約した。年末年始である。本当に出かけるのかどうかは、フィルハーモニカーのジルフェスタ―コンツェルトの内容次第である。仮予約で三日間押さえた。これぐらいに先行しておかないと中々腰が上がらない。本当に出かけるとなると途上でもう一泊したい。

流石にルクセムブルクのツアー初日は二三枚を除いて売り切れている。最後の局面になって新聞ラディオ局がローカルに問わず広報すると一挙に捌ける。指揮者の名前もさることながらユース管弦楽団というのでも改めて注目する層もいるのではなかろうか。つまり、我々のように情報を集めていないと、今回のツアーのことすら気が付かなかった人も多い筈だ。

それにしてもルクセムブルクのフィルハーモニーは1500席程度とはいえ、あの価格で一部足代も出したのだろうか。そもそもドイツ国内向きのツアーの筈だから、トリアーにはいいホールがないということでザールのあの辺りを地域的にカヴァーすることになる。ユースでも相部屋も含めて通常の管弦楽団と宿泊は変わらない。あの些かどんぶり勘定のお蔭でとてもお世話にもなっている。

19時30分始まりかと思ったら、19時始まりだった。二時間半を見ておかないといけないから、14時30分に出なければいけない。慣れたといっても距離も200㎞あるので余裕を見ておかないと危ない。地下駐車場にも早めに入らないと一杯になる。

ブランチでゆっくりしていると引き続き出かけないといけない。やはり、握り飯とあま塩鮭である。あとは果物などで、前夜は乾いた血のソーセージを片づけたので、年末年始の食材がこれで一掃となる。バナナ類は一部火曜日に残しておこう。

小銭は、プログラムが無料なので要らないかもしれないが、流石に5ユーロではいけない、週明けのこともあるので銀行の前を通って20ユーロでも下ろしておこう。

イヤーフォンも充電した。タブレットにも今夜の曲目は入れた。二時間しか時間がないので、ティムパに協奏曲から始めて「ウェストサイドストーリー」を流そう。前者は昔ラディオで聞いた覚えがあり、どうも頻繁に演奏されたのは1970年代なのかもしれない。名前程に記憶がない。「春の祭典」は可能なら駐車場で楽譜を見ながらとなるか。

帰路には脳内反芻並びに必要ならばメモをして、眠気にやられないように「影の無い女」に耳を傾けるだけの余裕があるかどうか?モーツァルトを欲するようなら直に眠くなる証拠だ。せめてベートーヴェンぐらいにしておきたい。



参照:
マグナカルタの民主主義 2019-01-04 | 歴史・時事



by pfaelzerwein | 2019-01-06 21:56 | 生活 | Trackback

売り時にオファーした

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オファーを出したティケットに問い合わせがあった。ミュンヘンの再演「フィデリオ」の二回目の上演のティケットである。一回目の公演に行って、また最終四日目に出かけるので、二回目を売りに出した。劇場のポータルなどで出すのは初めてだったので、どのような感じかと思っていた。丁度木曜日あたりから余り券の捌きに掛かってたので、つまりあらゆる高額券が出てきていたので、それが品切れになった時が売り時だと思った。額面67ユーロで2ユーロの手数料だから、ミュンヘンに一度車を走らす半分ぐらいの額だ。だから捨てる方が安上がりで、また木曜日の一回目と二回目の日曜日を繋ぐように旅行すれば更に金が掛かる。しかしなによりも満席の一席を捨てても誰かがそこに座るだけで、あふれた人の救済とはならない。またその額でいいホテルに一泊可能となる。そうなると換金して旅行費用に充てたい。

一回目の購入はタブレットが上手く操作出来ずに待ち番号34番を逃したので、二回目を安全のために購入した。第一目標の最終四回目狙いで、だから捨ててもよいつもりで、結局待ち番号220番ぐらいのそれほどいい席ではなかった。それを売りに出した。

夜分に反応があるかとも思っていたが、劇場のシステムを通じた連絡は翌日の午後で、「24日にプファルツから出かけるのでその前に渡す」というように書いてあったメールアドレスに書き送った。三十分もしないうちに返事が来た。真面目な購入希望おばさんのようで、どのような理由があったにせよ買い損ねた人なのだろう。受け渡しの具体性も気持ちも伝わったので早速ネットからオファーを下げた。そもそも煩わしいのが嫌だから手渡しにしたのだ。

当日もちょこちょこと高額ティケットが出て見る見るうちに捌けて行く。まだもう少し出ることは初めから想定済みだ。これは劇場の販促のノウハウで何も悪質でもなく、どれがどのように出るかも大体分かって来た。こちらもノウハウを身に着けてきた。一番出るのは最終日だと思うが、私は待ち番号一番だったのだから、それ以上お得なティケットなどは無い。兎に角、再演にしてはキャストを反映してか価格が最高級だというので、安いオファーは直ぐに話が付く。

おばさんには - 勿論まだ比較的若い女性ということもあるが、書いている感じからするとある程度の年齢だろう -、受け渡し日の数日ほど前にメールして貰おう。あとは携帯電話番号を渡しておけば問題は起こらない筈だ。

「春の祭典」のフィナーレのお勉強が漸く何とかなりそうになってきた。しかしまず何よりイントロダクションが気になって仕方がない。練習は始まっただろうが、ティーンエイジャーの木管楽器奏者などは皆それなりに職業音楽家を目指している人が殆であり ー 楽団の八割がプロの卵らしい ー、それなりに腕に自信があるだろう、そして今のティーンならば、参考にする音源はラトル指揮のフィルハーモニカーそしてブーレーズ指揮クリーヴランドが来るかどうかだろう。だからソリスト的にバリバリと吹いて、合わせるコツさえつかめばと思っていたら、いざ合わせると全く予想と違ったということになっていると思う。その合奏の在り方はアマであろうがプロであろうがペトレンコは容赦がないと思う。まさしくそこに彼の楽譜の読みの基本があるからだ。まだ日曜日までに時間があるが、血の気の失せた楽員もいるのではなかろうか?何となく全体像が見えてきた。もう少しだ。

もう一つの「影の無い女」も何とか全三幕を終えた。ここも難しいのは最初の出だしとか特別に書法が細かくなるところで、更にリズム的な精査が要求されるところがある。要するにフレージングだけでは事済まない。その意味から、この楽劇のミュンヘンからの中継録画は、そこの一部分だけでエポックとなるような演奏と評した新聞があったが、こうして今の耳からするとまだまだ二年目の2014年頃の出来で荒く、誤魔化しの上手いヴィーナーやドレスデンを駆逐してしまうまでの音響的説得力はない。しかしどちらの方向が正しいかといえば作曲家の指揮を聞けば分かるように、容赦ないぐらいで厚塗りとは全く異なる方だ。しかし楽譜自体に批判を受ける要素があることはなにもアドルノの批判を待つまでもない。歌手陣も故ボータはそれなりの存在感もあるが、女声陣も全曲を通してはとても厳しくなっているところがある。この楽劇で歌手が皆称賛されるようなものは無いと思う。その意味から、今回のハムブルクも管弦楽に期待するだけでなくて、何回もアンサムブルで歌っているメムバーにも期待したい。



参照:
影を慕ってハムブルク 2018-12-16 | 文化一般
公平な選り取り見取り 2018-12-01 | 雑感


by pfaelzerwein | 2019-01-05 05:09 | 生活 | Trackback

仕事納めのその準備

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年末仕事納めになってきた。支払いなどを整理する。何とか金曜日に間に合うか。やるだけやれば後は大みそかから元旦へと適当に流れる。

クリスマス祝日二日目は穏やかな天気だった。夕食に新たにグローセスゲヴェックスを開けた。今度は地元のペッヒシュタイン2012年である。これは飲み頃はまだなのだが、ほかにもある2012年物のパイロットとして開けてみた。少なくとも開栓初日の感じではまだまだ片麻岩のリースリングが開いていない。2013年よりも無難な年だったので余計に開いていない。しっかりしているのでデキャンタに入れ替えた。二三日様子を見ながらのもう。普通の意味ではとても熟れていいワインなのだが、それだけでは物足りないのがこの土壌の潜在力の高さだ。リースリングに合わせて、子牛肉とトリフのザウマーゲンにホウレンソウなどを適当に炒めた。マッシュポテトの付け合わせのあまりにも単純な食事だが、開いていないワインにはこんなものでいい。

英国から冬物バーゲンの知らせが入っていた。Brexitの状況を見て、本当は纏め買いの予定でいたが、三月以降も移行期として通関などは免除されるようだ。だからまだ時間的に余裕があり、急いで購入する必要がないことが分かった。それでも割高で購入した夏物と清算するように安いものが出ていた。半額以下だ。120ポンドのものが50ポンドでものは悪くは無い筈だ。前回購入したシャツに似ているが、この価格ならば邪魔にはならない。本当は異なる色合いが欲しかったが、半年後に買えればそれでよい。

序でにタイも注文しておいた。パープルの色合いで、今持っているリラ系とは少し異なる。これはこれで使いやすいと思う。送料が10ポンド加算されるので、二点半額以下を買えば手頃な価格になる。

就寝前に録画に失敗したラトル指揮のバーデンバーデン復活祭こけら落とし公演から「魔笛」を流した。ペトレンコ指揮のデビューが「フィデリオ」になるならば、やはりこれは参考にしたいと思ったからだ。NHKが金を出していて、ピットの中がよく分かるようなカメラアングルが多い。そして、最後に「パルシファル」で成果を挙げたラトルの最初に戻ってみたかった。演奏は記憶通りとても良かった。オペラ的なことは別に、ペトレンコがこれだけの成果をモーツァルトで上げれるかどうか正直分からない。

タミーノもブレスリクが歌っていて、ナジだけは分かっていたが、幾らかオペラ業界が見えてきた今からすると、中々いい配役になっている。シァーガーというテノールもここで聞いていた。確か本来はジモーネ・ケルメスが夜の女王だった。ホセファンダムも出ていて、可成りのキャスティングで挑んでいたことが分かる。だから大々的にメディア化されたのだった。しかしその後は、「トリスタン」を除いてはむしろ評判が悪く、キャスティングも悪くなっていった。その「トリスタン」のベルリンからのラディオ放送は日曜日の20時から2016年3月31日中継の再放送がある。因みにDCHの収録は4月3日で双方ともベルリンからである。3月19日の初日から28日までの計四回のバーデンバーデンからの中継の希望も存在した。「魔笛」の映像は2013年4月1日の復活祭最終日の収録である。初日23日に出かけたがこうして改めて聞くと中々健闘している。

翌14年は「マノンレスコー」で予測通り低調だったと聞いている。15年の「ばらの騎士」は良かったが、ハルテロスの関係か映像録音とも存在しない。17年の「トスカ」は一番評判が悪かった。どうも祝祭劇場がその他の「ペレアス」や「女狐」などを拒んだのかもしれない。兎に角、ラトル指揮でのオペラの成功は五割ほどしかなかったことになる。



参照:



by pfaelzerwein | 2018-12-28 03:32 | 生活 | Trackback

そろそろ買い納め

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肉屋は土曜日までと分かった。注文をまとめなければいけない。しかし年明けは8日からなので僅か二週間の肉類だ。ザウマーゲンも棒を一本でもよいかなとも思う。しかし、トリフ入り子牛肉の500gと栗入りの輪切りを二枚ぐらいか。あとは燻製のシュヴァールテンマーゲン一玉、リースリンクの煮凝り一枚、カモ燻製肉のスライス、シュトラスブールリレッテぐらいでいいか。

それ以外に本年最後の発注もしようかと思う。欲しいのはアナログの目覚まし時計で前回五年ほど前に購入したものは気に入っていたがとうとう壊れてしまった。故障原因は丸くて高級素材がつるつるしていて手に馴染み難く簡単に滑り落としてしまったからだ。それを繰り返していると短針がずれるようになった。これでは全く折角のアナログ表示が使えなくなる。深夜の針音もなく、電子時計なので毎年夏時間の始まりと終わりにも重宝していて一番信用できる時計だった。

後継機が欲しかったのだが、同じものしかフィルターに掛からなかった。しかし今回調べると同じメーカーからよさそうなものが見つかった。なぜか昔の腕時計のように窓が付いていてデジタルの数字が出ている。これが何となく気に食わなかったのだが、読者の批評を読んで製造コンセプトを理解した。なぜかアマゾンの説明には書いていない。秒針のようなものが従来の赤色になっている目覚まし針で、そのデジタル表示は秒だとあった。しかし壊れたものをもう一度点検するとそこにも秒針はなかった、つまり秒のチクタクがない代わりに一分毎に動く音がある。気になるかならないかは慣れであるが、やはり秒針のようには喧しくない。嘗てのデジタル表示も一分毎にカ-ドを捲るような音がしたのを思い出した。

同時に長年所望していた小型三脚を同時発注した。無料配達料金29ユーロを軽く超えてしまったが、木などにも結び付けられるようなタコ足になるのが嬉しい。勿論カメラ以外のマイク等も設置可能となる。これも四つ半星ですこぶる評判が良い。

設置したNASの使い勝手がまだ一つである。転送速度がまだ思うような域に達していない。ジャムボフレームとかも増大させて、IPv6も使えるようにした。実は根拠がなくともケーブルも変えてみようとも思ったが、それはしないでも改善された。しかしまだ一部の32Bit録音などが上手く再生できない。速度だけが足りないと思うのだが、まだ分からない。仕方がないので、従来のUSBの方から読み込んで再生する。CPUが過不可になることもあるようだが、メモリーの方はいつも安定している。転送レートが高品質動画に相当するようだ。この辺りまでは調整で何とかしたい。

掃除以前に溜まった音楽データ類を他所に移す。既にシステムと合わせて60GB占有しているので、出来る限り軽くしてやった方がいい。データを読み出すところが詰まっていては元も子もないのだが、読み込む方も余裕があった方がいい。それでもメモリーを消費している様子はない。固まってしまうほどではないということだ。それでも限がないのでテストファイル以外は先ずは移し替えて空にする。データが流れる流れない以前にAudacityのグラフィックが機能しなくなる。やはりリゾースをそこに集中させたい。



参照:
無いとなると想う有難味 2017-10-14 | 雑感
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by pfaelzerwein | 2018-12-20 00:18 | 生活 | Trackback

ハムブルク行の計画

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天気が悪く薄暗い、遅めに森の中に出かける。公務でないような車が林道を走っている。降りてきてパンツをはいていると横に停まって話しかけてくる。犬が居なくなったので探しているようだった。朝早くに居なくなったというのだが、猟犬にしては不思議にも思った。呼ぶ笛も何もないのだろうか?詳しくはないが、結構な犬が道に迷って迷子になるなどあるのだろうか?少なくとも飼い主のところへは戻ってこれる筈だ。そんなに頼りない犬が猟犬など務まる筈がないと思った。飼い主もそれらしい服装だが、これも何か猟をするような臭覚の鋭さを全く感じなかった。何か間抜けな飼い主と猟犬が離れ離れになったようで心許ない。寒い夜を乗り越えられるのだろうか?

NASに導入したWDのシステムの速度が遅くて、様々な調整を試みていた。しかし埒が明かなかった。あまりに反応が鈍いのでLANケーブルを抜いて違うところに挿してみた。一か所はISDN経由だから赤警報が出た。今まではLAN1だったのでLAN4に入れた。これだけで快適にデータ交換が可能になった。そもそも新しいルーターでは一切ケーブルは使っていないので理由は分からないが、LAN1は何らかの理由でデーター類が詰まっていたことになる。このハウエェー製のドイツテレコムの商品は同じようなことが最初からあったので余程微電流がどこかに流れ続けるかの構造像上の欠陥があるのかもしれない。それとも中共によって最初から時限爆弾がインストールされているのか?

ボンのベートーヴェンフェストから案内が入っていた。ギルバート指揮NDRやエマールのリサイタルなど、全く冴えない。今年は成績が悪く赤字を出していたようだ。しかしヴァークナー博士の責任にまでは言及されなかったのは、現在の仮の会場のアコースティックの評判も悪く仕方がないとされたからのようだ。そもそも改修中のベートーヴェンザール自体が独特の会場で現在の世界の音楽会場からは差がある。決して、音響が悪い訳ではないが、平土間の視界も悪くて、直接音が前の人に吸われているような感じがあまり良くなかった。それで一時は本格的な新会場へとの動きもあったらしいが、予算やら今後の可能性から補修に留まるようである。

嘗ての連邦共和国の大統領府などいくつも音楽会場に使えるような場所がありそうなのだが、上手に使えている様子がない。ヴァークナー博士の芸術的な見識は疑わないとしても、その行政的な特に山師的な企画力は殆ど無いようにしか思えない。パスキエ夫人にしてもアーティストマネージャーであり、中々この一人でという才人がいない。なにか楽匠の能力がその子孫の数だけにバラバラに授けられたような感じがする。子孫が10人集まっても到底適わないような雰囲気である。

ハムブルク行まで三週間ぐらいしかなくなった。今頃になって何か序でを探している。ここからハムブルクは遠く、そこまでいけば滞在費を出してもなにかをしてきたい。しかし冬の寒い時であり、出来る限り室内で用が足りるとなれば、コンサートや劇場である。昼間少しぐらいは歩き回れる。ざっと見ると劇場はオペラで「影の無い女」最終上演は翌日にあり、一晩帰路で安いところに宿泊すれば殆ど金がかからない。一日ハムブルク観光が可能だ。しかし、会場にも興味があるが、私にとっての「影の無い女」はハムブルクの日本公演のものなので比較的評判の良かったケントナガノ指揮ぐらいでは物足りない。ミュンヘンでもコッホらの歌を堪能したので今更の感が強い。更に長い楽劇だから下手な演奏だと退屈して気分が悪くなる。歌手もアジア系の人が半分でドイツ語にも文句が零れるに違いない。そもそもナガノのドイツェオパーには違和感が強い。

今しばらくはエルブフィルハーモニーのお蔭で盛り上がっているのだが、ハムブルクのコンサート水準はフランクフルト程度で、今後も各都市共通のプロアルテ巡業程度のエンタメしか期待できない。NDRの交響楽団の程度は皆知る通りで、嘗ての会場ならば逆に面白かったかもしれないがエルプフィルハーモニーで聞くほどの価値がない。近辺の都市も探したがハノファーなどはマンハイムよりも程度が低いぐらいで、ブレーメンに足を延ばしても何を期待できよう。要するに北ドイツで態々出かけなければいけない劇場や大コンサートは本当に限られる。劇場に関しては当然のことベルリン以外ではやはり殆どないに等しい。せめて美術館だけでもと思うがこれも中々見つからない。ハムブルクならばアムステルダムの方が価値があるだだろう。日本でいうと大阪程度だろう。正直移住する前はミュンヘンとハムブルクは同程度と考えていて、劇場もコンサートも選り取り見取りと思っていたが、精々メトやロンドンに匹敵するクラスを考えるとこうした有様だ。

兎に角、今年「ペトローシュカ」を復活祭で聞いて、ハムブルクで「春の祭典」、ルツェルンで「火の鳥」と皆異なった管弦楽団と指揮者で三部作を聞くことになるので楽しみだ。

ミュンヘンで購入したトルテの初めてのはコーヒー豆の乗っているものだった。これも淹れたてのコヒーと合ってとてもよかった。



参照:
隠されている問題 2018-04-19 | BLOG研究
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by pfaelzerwein | 2018-12-15 02:48 | 生活 | Trackback