カテゴリ:生活( 606 )

ハムブルク行の計画

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天気が悪く薄暗い、遅めに森の中に出かける。公務でないような車が林道を走っている。降りてきてパンツをはいていると横に停まって話しかけてくる。犬が居なくなったので探しているようだった。朝早くに居なくなったというのだが、猟犬にしては不思議にも思った。呼ぶ笛も何もないのだろうか?詳しくはないが、結構な犬が道に迷って迷子になるなどあるのだろうか?少なくとも飼い主のところへは戻ってこれる筈だ。そんなに頼りない犬が猟犬など務まる筈がないと思った。飼い主もそれらしい服装だが、これも何か猟をするような臭覚の鋭さを全く感じなかった。何か間抜けな飼い主と猟犬が離れ離れになったようで心許ない。寒い夜を乗り越えられるのだろうか?

NASに導入したWDのシステムの速度が遅くて、様々な調整を試みていた。しかし埒が明かなかった。あまりに反応が鈍いのでLANケーブルを抜いて違うところに挿してみた。一か所はISDN経由だから赤警報が出た。今まではLAN1だったのでLAN4に入れた。これだけで快適にデータ交換が可能になった。そもそも新しいルーターでは一切ケーブルは使っていないので理由は分からないが、LAN1は何らかの理由でデーター類が詰まっていたことになる。このハウエェー製のドイツテレコムの商品は同じようなことが最初からあったので余程微電流がどこかに流れ続けるかの構造像上の欠陥があるのかもしれない。それとも中共によって最初から時限爆弾がインストールされているのか?

ボンのベートーヴェンフェストから案内が入っていた。ギルバート指揮NDRやエマールのリサイタルなど、全く冴えない。今年は成績が悪く赤字を出していたようだ。しかしヴァークナー博士の責任にまでは言及されなかったのは、現在の仮の会場のアコースティックの評判も悪く仕方がないとされたからのようだ。そもそも改修中のベートーヴェンザール自体が独特の会場で現在の世界の音楽会場からは差がある。決して、音響が悪い訳ではないが、平土間の視界も悪くて、直接音が前の人に吸われているような感じがあまり良くなかった。それで一時は本格的な新会場へとの動きもあったらしいが、予算やら今後の可能性から補修に留まるようである。

嘗ての連邦共和国の大統領府などいくつも音楽会場に使えるような場所がありそうなのだが、上手に使えている様子がない。ヴァークナー博士の芸術的な見識は疑わないとしても、その行政的な特に山師的な企画力は殆ど無いようにしか思えない。パスキエ夫人にしてもアーティストマネージャーであり、中々この一人でという才人がいない。なにか楽匠の能力がその子孫の数だけにバラバラに授けられたような感じがする。子孫が10人集まっても到底適わないような雰囲気である。

ハムブルク行まで三週間ぐらいしかなくなった。今頃になって何か序でを探している。ここからハムブルクは遠く、そこまでいけば滞在費を出してもなにかをしてきたい。しかし冬の寒い時であり、出来る限り室内で用が足りるとなれば、コンサートや劇場である。昼間少しぐらいは歩き回れる。ざっと見ると劇場はオペラで「影の無い女」最終上演は翌日にあり、一晩帰路で安いところに宿泊すれば殆ど金がかからない。一日ハムブルク観光が可能だ。しかし、会場にも興味があるが、私にとっての「影の無い女」はハムブルクの日本公演のものなので比較的評判の良かったケントナガノ指揮ぐらいでは物足りない。ミュンヘンでもコッホらの歌を堪能したので今更の感が強い。更に長い楽劇だから下手な演奏だと退屈して気分が悪くなる。歌手もアジア系の人が半分でドイツ語にも文句が零れるに違いない。そもそもナガノのドイツェオパーには違和感が強い。

今しばらくはエルブフィルハーモニーのお蔭で盛り上がっているのだが、ハムブルクのコンサート水準はフランクフルト程度で、今後も各都市共通のプロアルテ巡業程度のエンタメしか期待できない。NDRの交響楽団の程度は皆知る通りで、嘗ての会場ならば逆に面白かったかもしれないがエルプフィルハーモニーで聞くほどの価値がない。近辺の都市も探したがハノファーなどはマンハイムよりも程度が低いぐらいで、ブレーメンに足を延ばしても何を期待できよう。要するに北ドイツで態々出かけなければいけない劇場や大コンサートは本当に限られる。劇場に関しては当然のことベルリン以外ではやはり殆どないに等しい。せめて美術館だけでもと思うがこれも中々見つからない。ハムブルクならばアムステルダムの方が価値があるだだろう。日本でいうと大阪程度だろう。正直移住する前はミュンヘンとハムブルクは同程度と考えていて、劇場もコンサートも選り取り見取りと思っていたが、精々メトやロンドンに匹敵するクラスを考えるとこうした有様だ。

兎に角、今年「ペトローシュカ」を復活祭で聞いて、ハムブルクで「春の祭典」、ルツェルンで「火の鳥」と皆異なった管弦楽団と指揮者で三部作を聞くことになるので楽しみだ。

ミュンヘンで購入したトルテの初めてのはコーヒー豆の乗っているものだった。これも淹れたてのコヒーと合ってとてもよかった。



参照:
隠されている問題 2018-04-19 | BLOG研究
予定調和ではない破局 2018-01-31 | 文化一般
竹取物語の近代的な読解 2014-12-31 | 文化一般


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by pfaelzerwein | 2018-12-15 02:48 | 生活 | Trackback

Wブッキングの逡巡

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2Tの外づけHDDをコピーした。三日間ほど掛かった。一夜は徹夜で働かせた。いちいち内容を確認することなく、次はこのHDDを初期化して、3Tの内容とコピーした内容を合わせて再構成する。手動で判断しないといけないので更に時間がかかるだろう。性格上、無駄なコピーかもしれない動かしていないハードがあるのが精神衛生上宜しくない。かといってコピーを無暗に整理するといつか困るときもあるかもしれない。

YouTubeで演奏風景を見たので、改めて録音を流す。リサ・バティシュヴィリが弾くチャイコフスキーの協奏曲である。放送を聞いて録音を流して、夏のザルツブルクやベルリンでの録音風景と伴奏が違うのは当然だが、それ以上にガルネリ・デルジェスの響きの違いを感じた。何か弓の圧力が強そうな感じで、実際に胴音が鳴るところがあった。バレンボイムの若い時からのダラーとした棒に更に年期で益々何事にも動じないような指揮で上手に合わせていて感心したが、フィラデルフィアでのネゼセガンは遥かに細かくロココに合わせてくれると想像していた。

実際とても敏捷でよいのだが、例えばペトレンコが悲愴の二楽章で弦楽陣に弾かせたようなあまりにもの名人芸の洒脱さに匹敵するものは聞けなかった。丁々発止とこれでもかというぐらい合わせてくるので余計にソロの方も同じような感じになっていると感じた。しかし繰り返して聞くと、何よりもの違いは管弦楽団の基本ピッチだと今頃になって気が付いた。結局デルジェスもそれに合わせて弾くとあのような響きになるのだと漸く分かった。どちらがどうとは簡単には言い切れないが、勿論ピッチが高い方が華やかで瀟洒な感じが出やすい。名人芸が要求されることには変わらないが、アメリカの交響楽団を聞く場合はこの辺りも留意してく必要があると思った。

週末は、先ず金曜日のミラノからの実況放送が終わって、日曜日のヴィーンからのマティーネーがあり、フィラデルフィアからは昨年のオ-プニングコンサートが再放送される。曲自体は欧州ツアーとアジアツアーに演奏されたオルガン協奏曲とチャイコフスキーの四番で前者は生で後者はツアーの放送を聞いている。前者も放送で聞き直して、後者はホームでどの程度の水準で演奏しているか確かめてみたい。

ルツェルンフェスティヴァルの「アボカルテ」が来週ぐらいには発送されるだろう。予約状況にまだ余裕があるらしくお便りが来ていたが、一体全体、個別の券の価格が未だに書かれていない。流石にスイスとは言いながら中々な商売である。希望したベルリナーフィルハーモニカーは大体の額は分かっているが、ゲヴァントハウスが不明だ。本来ならば大分お得な筈だが、ルツェルンではロンドンシムフォニカー並みには取るのではないかと予想する。直接二つの管弦楽団を比較するのも目的なので、席は敢えて変えるが、余分に払うのは仕方がないとも覚悟している。

それにしても先日からNDRが流していたキリル・ペトレンコ指揮のスークの録音がCD化されているコーミシェオパーのものではなくてNDRであの当時に演奏していたのは知らなかった。前半のピアノ協奏曲はムストーネン演奏で既に録音しているが、アスラエル交響楽は珍しいので録音が欠かせない。但しイタリアからの放送とのダブルブッキングになって頭が痛い。二台同時に録音してもよいのだが、信頼性が高いのはLINUXであり、音質も申し分ない。

詳しく調べてみるとRAI3のオペラは20時30分までになっている。NDRが20時始まりで、協奏曲ぐらいが重なる。その後オペラはARTEで21時45分から放送である。22時までがNDRなので、ARTEの方は大抵はオンデマンドで綺麗に落とせるのでそのままWINで流してもよい。

つまり、18時から休憩の19時まではオペラをLINUXで録音、そして19時13分からの後半はWINで録音となる。イタリアの時計がそれほど正確とは思わないが、20時からはNDRをLINUXで録音すれば右往左往しないで済むだろうか?NDRの放送を32Bitで録音してみたいのである。協奏曲もベルリンでのおかしなテムピのラルス何とかのピアノよりも遥かに良かった。

ピアノで思い出した。車中のラディオが盛んにシュヴェツィンゲンの音楽祭の前売り開始を盛んに広報していた。そもそもSDRのフェスティヴァルであり昔日本で憧れた音楽祭だった。プログラムを見るとクラリネットのオッテンザムマーなどがレジデンスとなっていて、SNNでも話題のピオトール・アンデルジェフスキーのリサイタルは18ユーロならと思ったが、紹介文を見てやめた。何やらバッハでもなんでも音響を聞かすようなので今更プレーバッハは興味ないと思った。他のプログラムならとも思うが、例え500人規模の小ホールとは言いながら18ユーロは高めだ。同じ時期にアムランを9ユーロで聞くことを考えれば交通費は半分としても腰が引けた。



参照:
スカラ座からの初日中継 2018-12-06 | 文化一般
イアーゴに騙されるな 2018-11-06 | 文化一般



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by pfaelzerwein | 2018-12-07 23:25 | 生活 | Trackback

NAS回転音の審査

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森に行くと週初めにトランクの位置に落ちていた鍵が無くなっていた。その時見つけて場所を考えて置き換えておいたものだ。家の入口用のようだったから直に戻ってくるかと思っていたが24時間後にもそのままだった。合鍵なのだろう。そしてその鍵を置いたところに紙が貼り付けてあって、Dankeと書いてあった。その場所に車を停める人は皆顔見知りで挨拶をしている。勿論鍵とホルダーだけでは誰か分からなかった。落とし主も誰が拾ってくれたのかなと思っていたのだろう。

先日日本yahooの記事で読んだ通りだ。amazonの将来はないだろうというのを実感する。昨年ぐらいにドイツェポストが配送に対応出来なくなってきたという問題が表面化した。ブラック労働になるアマゾンの倉庫だけでなく、配達が追い付かなくなっていた。そこで自身のネットを構築すべく各地方の業者を集めたようだが、これが全くうまくいかない。そしてポストの子会社DHLを動かしても昨年までとは比較にならないサーヴィス低下となっている。それならば他の業者に発注しようかという気になっている。それでもアマゾンに発注する利点は、気に食わなくて送り返すなどの方法が容易だからだ。

今回発注したNASストレージも最終的にはルーターに有線で繋いでそのファンの回転音を聞いてみないことには判断がつかない。勿論使ってしまうと返品は難しくなるが、その価格だけの性能が伴わなければ話にならない。そして発注したのだが、その後にもう一パーセント値下がりしたのでキャンセルしようとしたら遅かった。更にプライム会員にしか売らなくなった。私が発注した後はいつもそうなる。それだけいいものを購入していることには違いがないが、二つ目を買わした方が得ではないだろうか。それだけ他との競争力に自信があるのだろう。

そして配送ならなかった。DHLが配達せずに最寄りの局に預けてしまったからだ。勿論文句を言いながら引き取ってきたが、更に安いものがあれば取りに行かなかった。返送されればよいとも考えたが、先ず一つ目は返品も考えて、受け取った。

大体の重量やら大きさは知っていたが、その想定よりも軽く小さかった。これならばノートブックの方が重くて大きな箱に入っていると思った。早速ブートしてみた。その音は可成り大きく、それが収まらないようなら送り返そうと思った。しかし直にそれが収まって、HDDが動く音がした。大きさが違うので全く異なる太い音だ。その音が静まらなければ送り返そうと思った。暫くして落ち着くと、可成り収まった。机の上だと振動があるが床の上ならば殆ど問題にならないだろう。まだどこに設置するか決めていないが、喧しいようならば屋根裏部屋までケーブルを伸ばして隠しておけばよい。この最初のエミッション程度ならば使えるだろう。今までのUSB接続NASに比較して特別喧しいことはない。但し低音振動なので共振しないよに設置しないといけないだろう。



参照:
再び240GのSSDを発注 2018-11-02 | 雑感


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by pfaelzerwein | 2018-11-29 23:45 | 生活 | Trackback

イガイガをすっきりさせる

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スーパーで先日紹介したのど飴の違うのを発見した。日本薄荷入りのど飴だ。前からパン屋で見たことがあるような気がするが、いつものルッコラのど飴よりも安いので試してみた。正直日本の薄荷ってどのように違うのか思い出せなかったからだ。包装には長く引く味とあったが、実際試してみると、先ず鬢づけの油の感じがした。そのようなものは使ったことがないのだが、なんとなくそのように感じた。口を変えてから改めて舐めてみるとタイガーバームガーデンのナンキン油を思い出した。中に入っているどろっとしたのはあれだ。どこまで日本風かは何とも言い難いが、なんとなく懐かしい味というのだろうか。

NAS用のストレージを発注した。8Tx2の16Tで、550ユーロ以上する。ノートブックの価格である。ノートブックにはもう一年ストレス無しに働いてもらいたい。何とか逃げ切れると期待している。流石にその容量には躊躇したが、同じ機械で同じようなエミッションならば特に空冷のファンの動き方があまり変わらないようならば大きい方が価格的に得になる。

私の計算方法は、外付けが3Tで90ユーロだったので、二倍で180ユーロ三倍で270ユーロとなる。実際には半分の容量しか使わずに残り半分はミラーになるので使える領域は8Tのみである。先日計算したように50Gのブルーレイ映像は160本しか入らない計算となる。要するに加速度的に大型化が進めばこれも数年ももたない。それ以前に何年動き続けるかである。上手くいけば十年ぐらいはHDDも稼働するかもしれないが空冷などが喧しくなるのではなかろうか。その時までのことを考えると4Tx2ぐらいでは二年限定で大変高価なことになりそうだと思った。そして容量当たり割高になる。

ストレージに投資したのもクラウドには不安があり、それ以外のコムピュター機能は安く使えることを聞いたからである。つまり、面倒な計算をさせようと思っても、具体的にはプログラムを走らせるだけになるが、月々の僅かな費用で可能だと分かったからである。今後は高速の端末とストレージさえあれば何でも出来るということになる。何時まで経っても構築が進まないデーターベースもその方法でよい。

またストレージが重要性を帯びるようになった背景にはディスク離れがあるように思う。最後にDVDを購入したのも二三年前で、殆ど使わなくなった。むしろCDROMの方が便利なぐらいだ。つまり大きな映像などはもはやDVDの4GB程度では用がなさなくなくなってきた。要するに1Kに満たない映像も価値を失った一方、音楽に関してはまだまだCDに市場価値が残るというような状況がある。実際に24Bitで録音したもので通常は十分だからだ。それ以上はHiFi趣味となってしまうからである。そこで大きなストレージでこうしたメディア類を一挙に扱うというプライヴェートクラウドのNASの価値が高まったという状況がある。

そこで早速、録音や録画の質を上げる準備をしている。そもそもネットストリーミングの質などとバカにしていたが最近はどんどんとそれへの信頼性が増して、何も遠慮して録音録画の質を落とす必要がないことに気が付いたからでもある。ストレージ容量が用意されているならば、Audacity録音も32Bit96kHzに上げてもよいのではないかと思った。問題はPCが音飛び無しに稼働してくれるかどうかである。この辺りは実験を繰り返さないと数字だけでは分からない。

そこで何をどのようにストレージしていくかの基本構造を考えている。自動的なバックアップ機能を使うと同時に、出来る限りテムポラールな形でデータを処理して、逸早くストレージに移し替える方法を探っている。例えばWINのバックアッププログラムは本体を消去するとバックアップも消えてしまうので、専用のソフトを使うべきだろう。更に従来使っていたNASも目的を限定して併用する心算だ。3Tまでの容量があれば10G以上のファイルを除けば十分ではないか。そもそもこのルーターにUSBで接続したNASでは1Kの再生能力が限られている。



参照:
WLAN構築準備開始 2018-05-01 | 生活
2015年アルテレーベンの出来 2016-09-17 | ワイン


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by pfaelzerwein | 2018-11-28 23:25 | 生活 | Trackback

初日に間にあったSSD

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いよいよ「オテロ」の初日だ。今回は遅めの第二クールに出かけるので若干のんびりしている。だから先ず三幕四幕の楽譜に目を通す。キリル・ペトレンコのイタリアものとしてはミュンヘンで三作目である。ヴェルディはこの先の「トリスタンとイゾルテ」を鑑賞する前にとても参考になるかもしれない。「トリスタン」で成功している指揮者はこの作品でも成功しているかもしれない。そのあたりも初日の楽しみだ。

一幕二幕でLPで気になった点は強弱記号が悉く無視されて演奏されていることだった。一体どのような顔をしてディレクターが座っっていたのだろうかと思ったが、三幕ではそうした通常の書き込み以上のとても整理された楽譜が適格な指示を出している。これをどのように無視出来るものだろうか。更にそこにカルロス・クライバーが書き加えさせたように、そのフレージングの扱いさえ守っていれば全く心配がいらないはずだ。プログラム紹介の時にキリル・ペトレンコは作曲家自身が正確に書き込んだ文献を漁るとしていたが、なるほどこの楽譜の決まり方を見ているとそういう気持ちにさせる。またそこで指摘されたように大器晩成のまさしく経験豊かな筆は、なにも三幕の三重唱のあまりにも素晴らしい筆さばきや「ファルスタッフ」を思い起こさせる拍、拍節だけにあるのではない。

和声の適格さもこれほど素晴らしいオペラはそれほどないと思われる。反面このLPで聞かれるものは、まるで旋律のサビに向けてまるでブルックナーのように生成しているような演奏である。おそらくそのように聞こえるのにはそれなりの原因があるのだろう。しかしはっきりと今日の演奏に期待されるものは、楽譜を徹底的に正確に音化することであり、読み方としてはおそらくパパーノでも出来ていることでも、実際に音にするのはとても難しいと思う、そこである。少なくとも楽譜を見ていればそれほどおかしな演出などはできないと思う。それほど正確に書き込まれている音楽作品だ。

ぎりぎり初日前にSSDのノートブックが使えるようになった。想定よりも一日余分にかかったが、後の問題はヴィジュアルC++関連と見通しがついていたので加速して問題解決した。先ずはキャストで音出ししてみると以前のHDDよりも音がいい。低音がしっかりして有線のLINUXと似た感じになってきた。勿論ディスクが音を変えるのではなくて、出来る限りデジタル放送信号を弄らずにアウトプット出来ているのだと思う。結局レアルテックもインストールして使っているが、無駄な調整などなくマイクロソフトのプログラムの中に織り込まれる形になっている。取り立てて短絡出来たような様子はないのだが、音質が変わっているのは確かだ。今回はメディア再生・録音にも最初から留意するようにインストールしていったので、よかったのかもしれない。やはりミニノートブックとはまた違った透明性もあることに気が付いた。

これで初日の放送は単一回線から二種類のコムピューターで録音を試せそうだ。LINUXの方は動作が安定しているので放っておいても完録出来るだろう。SSDの方は様子を見ながらだが、以前あったような音飛びがあるかどうかが判断点だろうか。クリーンインストールとはいっても既に46GBと消費している。HDDの方が六年目ほどで50GB以下であるから、基本的なオペレーションシステムやアプリケーションでこれだけの大きさになるのが分かる。こうなれば逸早くNASを新調して、データ類は直ぐに机上から片づけるシステムに改めなければいけない。



参照:
無用の長物TV受信機 2018-11-18 | 生活
久しぶりのオテロ感 2018-11-16 | 生活



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by pfaelzerwein | 2018-11-23 23:02 | 生活 | Trackback

またもやガチャ切り

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My name is…. Microsoft technical department. Do you understand?XXXXXXX

何じゃこれは、大抵は電話に出ないが、待っているものもあったので出るとスローイングリッシュでインド風の訛りで語りだした。ガチャ切りした。いつものことだが、バカらしい。だから数種類の電話番号に鳴る呼び出しに出ない。私ほど繋がりにくい人もいないが、それを電話番号の数で割れば可成り上位に入ると思う。そもそもマイクロソフトに電話番号を出した覚えがない。電話帳からかもしれないが、あの手のものに出れば何かを売りつけられるだけだ。流石ガチャ切りでは何もしないだろう。

しかしそれにしても英語で電話してくるのがそもそも不思議だ。欧州内の他の言語圏ならああいった話し方はしない。そもそもどこから電話掛けているかも言わない。understandなんて尋ねられたのも初めてだ。そもそもドイツ語が出来ないから英語で話している訳で、その物言いだけで通常ではない。こちらの名前も呼びかけない。番号も調べるとおかしな番号だ。マイクロソフトは金輪際使わないぞと言っているような人間に何を言う。

地元独日協会に長年の企業会員BASFから脱退届があったらしい。仕方がないかもしれない。もはや主力は中共であり、人的交流も益々少なくなってくるということでしかないだろう。活気といえば独華協会なのかもしれないがあまり聞いたこともない。私でさえそちらの方が面白そうだと思うようになってきた。私の中華教養などは到底科挙に合格するほどではないのでこれまた役に立たないだろう。

電子メーラーのサンダーバードを整理した。二つのメールアドレスを管理している。それ自体は問題がなかったが、以前数種類のPC等でのメールのシンクロニゼーションが上手くいっていなかった。これが面倒なことになっていて、同じ時期でも二種類の私書箱とアーカイヴが存在していて、その移行の失敗などがあってか殆ど一年間の送ったメールがそこに保存されていない。受けたものよりも重要ではないが、面倒なことになった時の送った送らなかったのことが問題になると面倒だ。そのメールが保存されている可能性のある場所はあるのだが正直面倒だ。

ヒーターを付けるようになって、就寝中も薄ら入れている。昨年も殆ど就寝中は落としていたのだが、今は寒く感じる。しかし外気温は摂氏四度ほどで大したことはない。寒く感じるのは病み上がりだからか、筋力が衰えているからなのかは定かではない。本格的にリハビリをしていかないと駄目である。



参照:
カメラに譲った座席 2018-09-26 | 生活
華為製品を買い物籠に 2018-04-18 | テクニック


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by pfaelzerwein | 2018-11-21 23:55 | 生活 | Trackback

無用の長物TV受信機

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まだまだ完全復活とならない。週明けに寒さの中で走れるものかどうか。微熱があったようで、膝が痛んだりするので不安だ。日差しがあるので気持ち良いと思ったが、差し込む光の中の椅子の上にあるミニノートブックが気になると同時にその後ろに隠してあるTV受信機が許せなくなった。年に一度しか使わないのに大きな場所を占領している。そして年明けのヴィーナーフィルハーモニカーのノイヤーズコンツェルトでも点ける気もしない。撤収する決心をした。完動品で調べると2004年に購入している。価格は300ユーロ少しだったようだ。従来通りのアナログのブラウン管である。ここまでの15年ほどで総計50時間ほどしか使っていないと思う。オリジナル箱を探して倉庫に片づけてしまうつもりだ。事実上電気荒ゴミだ。

もはやいい格好でTV廃止、完全卒業を宣言する時代でもなくなった。数年前まではまだまだ臨時ニュースなどでCNNを見るつもりでいた。しかしその時代も過ぎた。一体もう何の目的でTV受信機を点ける必要があろう。必要があればネットで観て、必要ならば録画する。それが全てで、そもそも特別なプログラムすら殆どなくなってきている。よほどコムピューター操作が厄介な人以外にはTV受信機の価値は全くなくなってきている。なぜならば画質や音質、その他全ての意味においてネット配信の方が有利になってきているからである。なにも急いで4Kにしようとも思わない。1Kでも十分であり、ブルーレイ映像にも困らない。

「オテロ」を一幕から二幕までざっと楽譜を通した。印象としては幾つかの主題が読み込めて、最初から最後への繋がりも何となく掴めた。参考にしたLPはやはり可成り演奏の質が悪く、正直驚いている。整理して行くほど、どのようにこうした指揮と演奏が可能なのかが分からなくなってくる。指揮者の仕事とは、その際の正しいテムピとリズムを刻めることでしかなくそれ以上は楽譜を様々な資料を辿りながら読み解くことでしかない。だからこのオペラ界の大指揮者だったレヴァインは、少なくとも棒を振ることが可能で、それ以上でも無かったことがよく分かる。限られた時間の中で寄せ集めの楽団でやれることはこれぐらいのことでしかないのが今は分かるようになった。

要するに、先日のマンハイムでの「マイスタージンガー」の摘み聞きではないが、LPを鳴らしながら楽譜を見てここがこう鳴らなければいけないところだという気持ちでしか聞けない。なるほど制作録音としての外れた音とかの傷はチェックして録り直してあるわけだが、その以上でもそれ以下でも無い演奏がそこで繰り広げられていて、我々が期待するようなヴェルディの創作の本質的なところも如何に歌手が幾ら頑張っても限界があると思った。それ以前に管弦楽団が綺麗に鳴らないことだけでもお話しにならない。こうした大掛かりなオペラはこの程度のもので、綺麗に録音しているのはカラヤン指揮のベルリナーやヴィーナーフィルハーモニカーだということになってしまったのだろう。LP時代にも如何にも無駄な録音のようなものが市場を占有していたかというとても良い傍証でもある。

これからクリーヴランドからの放送が楽しみだ。ピエール・ブレーズが振った「ダフニスとクロエ」全曲が1970年の実況録音、「ファイアーバード」全曲が2005年である。先日デジタル録音の箱モノを安く購入したが、そこには「春の祭典」と「ペトロ―シュカ」しか入っていない。これは聞き逃せない放送だ。



参照:
希望も未来も無いTV放送 2006-12-03 | マスメディア批評
排出零の節約ライフスタイル 2012-02-04 | アウトドーア・環境


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by pfaelzerwein | 2018-11-18 23:53 | 生活 | Trackback

久しぶりのオテロ感

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喉の痛みを飴で押さえたら。今度は声が出なくなって、洟が垂れてきた。これで回復するのだろうと思うが、久しぶりに風邪をひいたようだ。喘息気味に痰が絡む。

「オテロ」の録音を流した。ドミンゴのオテロである。久しぶりに楽譜を見る以前に音を流した。思いはどんな楽譜面が想像してみたくなったからだ。そのLPを購入したのはクライバー指揮でドミンゴを聞く前だったかよく覚えていない。但し、そのLPは比較的鳴らしていることも覚えている。日本盤で新品を安売りでなく購入しているということは準備に購入した可能性が強い。当時はVIDEOなどもなく、もっぱら音を聞きながら歌詞カードを通すというのが最初だった。オペラ体験も一桁の数であったろうから、ト書きまでを読んでいた気がする。

流石に今は大分違う。先ず歌詞を読むということがない。何もオテロの一語一句が頭に入っているどころか、シェークスピアのそれと混同してしまっている可能性が強い。今回が二度目だからだ。要するに馴染みがないオペラなのだが、音だけ流していれば歌詞はある程度聞き取れる。流石に制作録音の利点であり、また劇場に行けばテロップが流れている ― 流石に先日のマンハイムでは両サイドに重ねてドイツ語しか流れていなくてそれはそれで馬鹿げていた。要するに昔のように歌詞に邪魔されない。それ以上に重要なのは音楽の流れと構成でしかないからだ。

そこで台所仕事をしながら耳を澄ました。最初の出だしがやはりとても独創的でよい。しかし音形や和声などあまり上手く定着しない。劇的な効果はとても高いが、勝手が少し違う。するとどうしても演奏が気になってくる。特に一幕冒頭から終わりまでの流れがやはり決まらない。以前は気にならなかったことが気になってくる。ここではジェームス・レヴァイン指揮でロンドンの寄せ集め楽団が演奏している。しっかり鳴り切っていないだけでなく、例えば声がどうしても劇場のそれに比べて出を急いでいる感じがあって、劇場臭くない。カオスに至らなくとも明白さも今一つなのに流れが決まらない。嘗てはオペラにおいてもこうした表現がメリハリと思っていたのだが、歌を考えるとどうしても表現が十分でない印象を受ける。

そもそも劇場の楽団で録音するぐらいならこのような制作録音の価値はなかったのだろうが、これはこれで物足りない。なるほど座付管弦楽団の日常の演奏とは大分異なるのだが、これではやはり片手落ちだ。最も苦になるのは細かな表現まで管弦楽が演奏できていないことで、そもそも当時のメトロポリタンの音楽監督でも管弦楽の表現に依存していたのだろうと思う。バイロイトにおいてもいつも決まったテムピを打てる指揮者として定評があったようだが、こうして制作録音になると楽譜を十分に読み込めていない。

やはり、カルロス・クライバーの方が積極的な表現を低音のフレージングなどによって強調していたこともあり、演奏していたのがスカラ座の管弦楽となると、表現力があった。こうしたLPの良さはなるほど名場面を取り出して聞けばドミンゴやスコットやミルンズの声として楽しめるのだが、やはり「オペラじゃないな」と感じてしまう。嘗ては、「テークばかりのスタディオ録音では本気度が出ない」という説明をどのように解釈するかを考えたが、今は大分違うことが言える。最大の問題はそのような環境の問題でなく音楽表現自体が問題だと思うようになってきた。

テークの継ぎはぎの問題は致命傷であり、傷を修正可能な幸福でもあるのだが、このLPで感じるのはそれ以前の演奏の質であり、楽譜読解で、歌手も管弦楽も寄せ集めで同じ指揮者何回も更っている訳ではないので定着していない。やはりそれが何よりも大きい。ライヴ感覚とはまた別な話なのだ。

もう一つ感じたのは、LP三枚に収まるように短いという感じで、「マイスタージンガー」やその他の楽劇などに慣れると、お勉強するのもやはり手っ取り速い。逆に時間を掛ければそれ以上に精妙に合わせることは可能になると思う。あのカール・ベームでもこの「オテロ」はレパートリーにしていたぐらいだから、今回もペトレンコ指揮で音楽的な本質が明らかになるだろうと期待している。(続く)



参照:
イアーゴに騙されるな 2018-11-06 | 文化一般


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by pfaelzerwein | 2018-11-16 23:59 | 生活 | Trackback

狩りの日だった土曜日

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森の駐車場へと向かった。ジープがコンボイを組んでいる。直ぐには分からなかったが、狩りの連隊だと分かった。いつもの峠からの下り道は閉鎖されていて、おばさんが尋ねてくる。昨年の経験から道の内側で見張りを立てていると教えたが、やっぱり他の方面にしておくわと去って行った。実際峠まで上がって行っても見張り番は居らず、脇道に車を見かけたぐらいで、以前とは違った。前回の時は追いかけられてきたバムビが左上方から降りてきて、これは気を付けないといかないと思ったが、有視界で追い詰めてからしか発砲しないのは分かっている。しかし今年は折り返していく車と遭遇したぐらいだから、あまり獲物が居ないと判断したのだろう。知る限りイノシシの親子は間違いなく居たが、バムビは初夏以降見ていないと思う。私は頻繁に走っているので知っているが、狩人は糞や猟犬の臭覚などから判断するのだろう。イノシシなら徒党を組んで仕留めるほどのこともない。折り返して次の猟場へと移動する感じだった。

私もこの週末から日曜日はパン屋が閉まっているので、土曜日までにそこを走るかいよいよ山登りコースへのシーズンになる。今年は体調もあり記録を出せそうな気は一切しないが、走りやすいシーズンにはなってきた。薄らと汗をかくぐらいの気温一桁二桁の間ぐらいが一番いい。

SSDが届いてからのクリーンインストールの計画を練っている。いつもならば簡単に試してみるのだが、流石にこれだけ経験を積んでくると、システムの作り方などをどうしても考える。先ずはディレクトリD:が必要かどうかで、無くても困らないのではないかと考える。大抵はC:を100から120GBほどにして残りの容量をD:に充てる筈だが、いつも苦労して整理整頓するのがシステムの入っているC:である。今回注文したSSDは240GBなのでそれを全部システムにして、そこにある書類や音楽、ヴィデオなどのフォルダに先ずは入れて、直ぐにNASにミラーにして保存して、一週間内に全て消去するようにしてはどうかなと思う。疑心はNASへの転送が正確に行われてミラーで正確に保存されるかどうかだ。出来る限り書き込み量を減らして長持ちさせたい。同時にSSDをシステム専用にしておけばSSDをそのままクローン化するのも容易だ。一体FUJITSUのノートブックがどこまで長持ちして過不足なく使えるかはわからないが、スピードが物足りなくなればLINUX化すれば機械専用機として間違いなく使える。以前使っていたFUJITSU/SIEMENS機のヒンジが折れてしまったので使えていないが、箱さえしっかりしていればノートブックは今後は長く使えるのではないかと思う。モニターもドッキングステーション化してしまえばどちらでもよく、さしあたってUSBとかブルーテュースとかが古くなるぐらいではなかろうか。

SSDを初期化してパーティションを別けない。リカヴァリーディスクで、その次にネットに入って、つまり割り当て番号が変わるか、変えないようにするには?、あとは先ず8.1にアップグレードしてとことんUPDATEを繰り返す。SAMBAとリモートコントロール機能を整える。先ずそこで中断してHDDを元に戻しておく。そしてNASの方を発注完成させる。そこからは厳選してリストアップしてある必要なプログラムをインストールしていく。三十数GBで留まるか?

屋根を直している。コンサート会場の屋根である。そもそもは葡萄を絞るところだが、老朽化しているので雨漏りが激しいらしい。数年前にも直したのだが、大棟が波を打っているように完全修復は困難だと思う。その下で最近では二日間に亘るオーボエリサイタルの二日目をアルブレヒト・マイヤーが吹いた。当日は雨模様でなかったと記憶する。因みに左へと向かうとオペラ劇場となっているが、これは別棟で、グライボーンを真似てしばらくは毎年開かれていたのだが最近はオペラ上演は行われてはいない。一度見学させて貰おうと思う。



参照:
赤みが薄い今年の紅葉 2018-11-03 | 生活
囮になる狩りのその日 2016-12-18 | アウトドーア・環境


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by pfaelzerwein | 2018-11-04 03:20 | 生活 | Trackback

赤みが薄い今年の紅葉

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再び日差しを浴びた。しかし日照時間も限られていて、日が陰ると寒くて座ってもいられない。籠り部屋から出て序にWIN8.1で音が出なかったモニターからもう一つのモニターに接続して状況を見てみる。問題がなさそうだ。ドライヴァーの関係かもしれないが、よくわからない。

森の中も、どうもブドウへの酸の乗り方と同じで、夏の間の朝晩の冷えは殆ど意味がなくて、最終段階で冷え込まないといけないのだろう。2018年産はその意味からあまり期待できない。

リガからの放送を聞いた。本当に分からないのはモノラルでストリーミングを続けているとこで、もうこれは技術とか云々の問題ではなくて、ただ単に人為的な問題のような気さえする。モノラルとステレオにしても一体どれだけの容量が増えるだろうか。要するに細かく処理するパーソナルが居ないということだろう。しかし通常の放送がFMでモノラルということはないのでステレオをモノラル化しているとしか思われない。一体どれほどの経費削減になっているのだろう、ありえないことである。

それでもマルティマイクロフォンで収録しているので細かなところまで分かり、ツィンマーマンの協奏曲も、マーラーの交響曲も詳しく聞けるが、とくに後者は楽譜を見て見なければいけないバランスの箇所が頻出して、一々根拠を探していかなければいけない。アンドリス・ネルソンズに比較するとキリル・ペトレンコのマーラー解釈の方がまるで演奏実践を踏襲しているようなところもある。しかし両者の指揮演奏実践に共通しているのは、グロテスクから抑制の効いた楽曲展開がはかられているところだろうか。ゲヴァントハウス管弦楽団の力を出し切るような指揮ぶりが今後を期待させるもので、写真等を見るとリガでは第一プルトにズスケ氏の息子さんなどの顔が見えた。

籠り部屋のモニターのスピーカーのWIN8からの出力が7出来ない。LINUXでは問題がない。しかし新しい方のモニターでも問題はない。恐らく、プロトコールか何かの関係なのだろうが、皆目分からない。SSDで新しいシステムを立ち上げても変わらないのではないか。モニターのスピーカーは音質が悪いのでそれほど拘らないが、少し気になる。

こうした可能性を見るにつけウィンドーズを使っているよりもLINUXに完全に乗り換えた方が高音質録音が出来ると思うようになった。データーベースなどもウィンドーズには取り柄がないとすると、次のPCでWIN10へ移行するかどうかが分水嶺となりそうだ。



参照:
寸寝かさなければ 2018-10-15 | ワイン
再び240GのSSDを発注 2018-11-02 | 雑感
 



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by pfaelzerwein | 2018-11-03 07:08 | 生活 | Trackback