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カテゴリ:生活( 625 )

予行演習をする

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夜中に目が覚めた。覚めるとクリーヴランドからの放送が気になる。見ると録音をしているのかどうか分からなかったので、自動録音を外して手動にしてしまった。つまり終わるときにまたオフにしなければいけない。それでも人気のキンリーサイドのシベリウスの歌曲を録音できたようだ。オペラ愛好者からその名前をしばしば聞くその声を聞いてみたかった。生放送で録音ができたようである。その前のグリークの「ペールギュント」からは強いアクセントをつけていて、これまた楽譜で確認する必要があると思った。昨年MeTooでコンサートマスターが辞めてからのこの楽団の弦楽が不器用に聞こえるときが多いので、あの操り人形のようなメストの指揮と相まって要注意である。

その反対に夕方からの「影の無い女」の初日の演奏は指揮者クリスティアン・ティーレマンはカペルマイスター以上のことはしていなかった。特に端折って聞こえたのは拍がしっかりとれていないからだろうか?本当ならばドイツ人指揮者ということで言葉の出方などをもう少し期待したいところだったが、名歌手に、それ以上に管弦楽団に合わせたといった指揮で、あれならば御用指揮者のアダム・フィッシャーで充分ではなかったかと思わせた。なるほど指揮の戦略としては成功なのかもしれないが、ケント・ナガノ指揮どころかキリル・ペトレンコ指揮よりも流れてしまっていた。

本人が語っているように淡白になって、還暦で再び退化して行っているようなところもあり、復活祭での「マイスタージンガー」のように掌握できないというのもあるかもしれないが、修正が効かなくなる怖さがあるかもしれない ― 指揮者本人がインタヴューでが「大きな音を出しても室内楽風に演奏してもコントラストは得られない」と、結局それでも中庸にもなっていない。しかし、とても興味深かったのは、その譜読みから可成り保守的な「ばらの騎士」などの響きが出ていたことで、これはヴィーナーフィルハーモニカーの腕もあるが、やはりそこへ指揮者と共に落ち着いたという経過があるのだろう。

更に歌を受け持つ歌手陣が歌い慣れているので、聞かせ所を外さない。指揮者もそれから逸脱しても仕方が無いので適当なテムピを与えていくと、今度は全体の流れが更に曖昧になっていた。しかしこの曲での戦略としては成功していたと思う。流石に劇場付き指揮者であり、日常茶飯な仕事をこなしたことになる。勿論個人的にはそんなものに態々金を払って出かけるつもりなどはちとも起こらない。その分、身分相応にしか終演後の評価も浮かばれなかったであろう。

ベルリンのフィルハーモニカーの新シーズンティケット発売初日を初めてネット体験してみる。先ずカウントダウンが終わったら240番のウェイティングナムバーを貰ったので、ミュンヘンと比較するとなんだと思っていると、二十秒ほどで入室できた。想定外は、殆ど売れていて、購入可能な場所はどこも良くなかった。愚図愚図していて売り切れた。午前中の窓口販売等で大分売れていると聞いていたが、初日でメルケル首相を含む招待などのことは忘れていた。政治とドイツェバンク関係だけでも可也出ていて、そこに定期会員を入れると、その有様だったろう。

こちらの目的はその後の購入や全体のアルゴリズム調査にあるので、ちょこちょこと試してみた。先ず自分のメールアドレスが登録されていないことが分かった。それだけ長くフィルハーモニーに足を踏み入れていないのだ。全て整えて、送料無料でカードで支払いも分かり、ペイパルを使っていないことも分かった。他の演奏会も比較的定期で良席が出ていて、それほど好みの席を選ぶまでの余裕は無かった。それでも三枚ほどはまずまずのものを選んだ。そして予行演習を終えた。

総合的な印象は、今回は就任初めのオープニングで特別だったが、演奏の質とか音響とかを考えれば少々高価になってもルツェルンに狙いを定めたのは大正解だった。それ以上のCPは無い。あとはどのようなプログラムでベルリンまで出かけなければいけないか、何泊するのかとかだけの問いだけである。興味のある券が発売になるまでまだ時間があるので情報を収集しながらゆっくり考えればよい。バーデンバーデン復活祭は今後とも全部通わなければいけないこともはっきりした。



参照:
配券された初めてのもの 2018-06-23 | 生活
山場を越えた安堵感 2018-02-13 | 雑感
by pfaelzerwein | 2019-05-26 22:44 | 生活 | Trackback

ああ無常、賢いゲジゲジ

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マーラー作曲第八交響曲、再び第一部に戻ってみる。第二部との関連にも気を付ける。とても沢山の材料があって、死の足音を聞いた指揮者クラウディオ・アバドが「やり尽くした」とこの曲の指揮を拒否したことを思い出している。その演奏の編成規模や構成だけを見ても指揮者にはその力が無く、振り切れる自信も無かったのだろうと主に技術や体力面で考えていたが、それ以上にこの曲にはまさに聖霊の霊感が迸るようなところがあって、それが滝から奔流となって押し寄せるようなところがある。死を身近にした人には到底感受出来るものではなかったかもしれない。

嘗ては、その規模の大きさとかから、圧倒的な威力とか息吹をこの第一部に期待していたが、今は大分その音楽的な内容に足を掬われるような気がする。ペトレンコ指揮の初日の公演評にもあるように、「この交響曲が素材の、色彩の、形式の、編成の多様性にばらばらとなることなく、尽きない流れのフローを有していることを、集中した演奏で示した」となるが、その奔流は当然ながらのアンサムブルの質を超えて存在するガイストとしか思えないのである。

もう一度、ミヒャエル・ギーレン指揮の録音を聴き直した。第一部の詳細ももう少し分かったが、第二部の問題の長い大きな流れが見事で、後にバーデンバーデンで聴いた演奏よりもいいことが分かった。1998年のフライブルクでの録音とあるから、先ごろ亡くなったこの指揮者の絶頂期はこの頃だったのだろう。難しい部分は録り直ししているにしても見事な出来だ。ダイナミックなど不明なところもあるが、後年とは異なって管弦楽団もいいアンサムブルをしている。

燃料を満タンにしたが144で高くついた。久しぶりに100ユーロを超えてしまった。現金も少しも持っていくが、出来ればカードで済ましたい。夕食だけが不明なところだろう。ブレゲンツ市内でカードを使えそうなところを調べてみよう。宿まで40分ほど掛かるが、時間が早ければ少々飲んでも大丈夫だろうか。

宿の朝食を申し込んでいないのでバルコンで簡単に食せるようなものを持っていけないだろうか。飲み物も余分に持っていけば何とかなるかもしれない。前夜の就寝時刻によるが、宿からは三時間半ぐらいなので、ゆっくり出てきても帰宅は早い午後である。早ければお昼過ぎである。

先日就寝しようとしたら机の下からゲジゲジが出てきた。それほどいない筈だがときどき見かける。そしてテープで絡め獲ろうとしたら気配を感じて再び机の裏側へと逃げ込んだ。本能的な何かかもしれないがあの手の奴でも生存本能でこちらの動きを察知するのである。見た目も嫌であり、知らないところに足や手を入れて触ると嫌だと思って就寝した。翌朝の陽射しにふと机の下を見ると奴がふらふらと寝起きのように出てくるではないか。私と同じような生活をしていることになる。今度は逃がせないとテープを張って捕獲しておいた。そしてパン屋から帰ってくると影も形も無い。下が絨毯なので上手く逃げたようだ。益々よくやるなと思っていたら、夜になって机の後ろの壁を上ってきた。今度は取り逃がさないぞと本気で捕獲した。カマキリとかはただただ攻撃的なのだが、それよりも頭の悪そうなゲジゲジの方がとても巧妙に動いていた。



参照:
詐欺の前に凍りつく聴衆 2012-08-19 | 文化一般
イヴェントの準備をする 2019-05-16 | マスメディア批評
by pfaelzerwein | 2019-05-18 08:17 | 生活 | Trackback

ドルトムントに電話する

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来年のヴァインフェスト避難の切符を購入した。一年以上先のそれも弦楽四重奏団の切符である。ケルンからドルトムントに一日遠足に行く。出し物はベートーヴェンマラソンで、二つの人気四重奏団が四曲づつ演奏して合わせて八曲、再来年と合わせて全十六曲という企画である。冗長な感じはするが、若い四重奏団が二日続けてでも各々八曲演奏するとなると、あまり信用できない。四曲でもレパートリーを練るには限界だ。四重奏団はエベーヌとベルチャという二つでなぜか人気がある。その評価は詳しくは知らないが、近所でやっても直ぐに売り切れているので、中々実力を確認出来ずにいた。訳の分からない四重奏団がベートーヴェンを弾いても大抵は行かないが、今回はケルンに滞在予定で近辺でも出し物を探していて見つけた。バーデンバーデンの新支配人スタムパが活躍した場所も一度見てみたかった。


Ludwig van Beethoven Streichquartett F-Dur op. 18 Nr. 1
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 9 C-Dur op. 59 Nr. 3
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 2 G-Dur op. 18 Nr. 2
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 11 f-moll op. 95 »Quartetto serioso«
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 12 Es- Dur op. 127

Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 4 c-moll op. 18 Nr. 4
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 10 Es-Dur op. 74
Ludwig van Beethoven Streichquartett Nr. 13 B-Dur op. 130 mit Großer Fuge op. 13


シーズン売り出しで一挙に最後の方の公演を購入したことになる。もう一つの魅力は15時からつまり14時にガイダンスがあって、休憩後に19時から再開なので丁度上手く土曜日一日が潰れると思った。更に恐らく事務所の関係か二種類の四重奏団を同時に聴いてしまえるので手っ取り早い。更に一日券が38ユーロは魅力だった。そしてカテゴリー無しとなると、逸早く予約してしまえばお得間違いない。万が一前後の両日の関係やらで行けなくなってもこの価格なら諦めがつく。

結局ちょこちょことネットを監視していたらお昼頃にオンライン化した。席は選べないが、カテゴリー無しならばお任せでいい。実際にやってみると結構よさげな席が出てきた。恐らく一般売りでは先着何名か様だろうと思う。前夜に舞台の高さなどを研究しておいた。それほど高くなく、最前列でも行けそうな会場である。その分平土間自体が階段教室のようになっていて視界が効くようになっている。音質に関してはあまり入らなければエコーが還って来るだろうが、恐らく中ホール売り規模で満席になるだろうから近い席の方が細かなところまで聴きとりやすい。

そしてプリント受け取り送料無料でお支払いに行っても、二枚で50ユーロの表示が変わらない。これはおかしいと思って、先ずいい席だけを抑えておいた。五日以内に引き取るか電話をしなければ流されてしまう。この方式は初めてだが、試しに専用電話に早速電話した。すると直ぐに通じて、現在押さえている場所は25ユーロになっているので一瞬マニュアルで外して小定期扱いに入れ替えるというのだ。それでも両方とも場所を変えずに定期扱いにしてくれた。そしてカードで払うからとなって、面倒そうに思ったから二枚を3ユーロで郵送で送って貰うことにした。〆て41ユーロ、文句をつけて9ユーロ安くなった。なによりもスタムパが形作ったそのホールの雰囲気が感じ取れた。バーデンバーデンも今後間違いなくいい方へ変わると思う。

なるほど未知の四重奏団に25ユーロづつ払うとなるとお得とは思わないが、一日券で21ユーロづつなら大分印象が変わる。四曲づつだから一曲5ユーロだ。あれだけ人気の四重奏団であるから、それぐらいの演奏はしてくれるのではなかろうか。

それにしても、これ以上計画のために資金を出していくとなると、一度は地元のワイフェストの日程も観光局へ確認しておかないといけないかもしれない。残る公演で発売されれば然るうちに購入しておかないといけないのは、一週間前のミュンヘンの「千人の交響曲」ぐらいだろうか。ケルンのフィルハーモニーでの券は両日とも全く問題が無い、そもそも売り切れになるかどうかも疑問である。



参照:
来年の避難の下調べ 2019-05-08 | 暦
避難第三弾を計画 2019-04-04 | 生活
by pfaelzerwein | 2019-05-17 05:10 | 生活 | Trackback

プロムナード音楽会予定

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ドホナーニのピアノ五重奏曲一番ハ短調を少しお勉強する。放送などで耳にしていて覚えていたのは三楽章のアダージョだった。そしてやはりここが面白かった。ピアノ何重奏はモーツァルトぐらいしか聴いておらず、そもそもピアノトリオ自体が半ばサロン音楽から抜け出さないので興味が無い。しかし、こうして楽譜を見ると、シューマンやらブラームスへとピアノが入ることで少なくとも三種類の弦楽器が低音部や中声部だけでなくソロスト的に弾かせることが可能で、更にその声部間のテクスチャーが作曲家にとっては面白いというのも何となく分かった。実際に録音したものを聴いても、よく分からないところがあるように、その辺りが創作の味噌なのだと理解した。終楽章の六拍子から五拍子との展開も面白く、ブラームスなどと比較して一体どうなのかとあまり冴えない感じがしていたのだが、面白いところが見えてきた。創作年1914年とすれば可成り古臭いのであるが、もう少し何か見えてきそうである。

更にショパンの二曲に目を移す。一曲目は変イ長調の幻想ポロネーズで最も有名な曲の一つである。中々細かなところもあるなと思ったが、実際に音サムプルを聴いてみるとホロヴィッツのがやはり面白く、期待していたルービンシュタインは尻窄みの感じがする。やはりショパン弾きではないのかもしれないがホロヴィッツは上手だなたと改めて思う。その意味からも名手アムランの演奏に期待するところ多い。もう一曲はキーシンの演奏で聴いたが、真面目には弾いているようだが前のスケルツァの続きかどうか知らないがとても荒っぽく、折角隠された主題がなんら意味を持たなくなっている。直ぐに想像したのはカラヤン指揮の音楽で、コケオドシで重要な音楽的な表現を塗り込めてしまっている。流石にカラヤンと共演していたようなピアニストであり、ソヴィエトのイスラエルの外貨獲得に貢献してブリキの兵隊のようである。そしてショパン弾きから下に見つけたのはポリーニのデジタル録音だ。デジタルになってから殆どその録音には注目していなかったが、これはとても良かった。先ず何よりもスケルツォの俳諧のようなものがあり嬰ハ短調トリオのバラードのような趣がその俳諧に上手く対応している。そして演奏もとてもバランスがとられていて、長く大きな山を作っている。調べてみると、私のウィッシュカードにこれが入っていて1990年の発売となっている。つまり全盛期に近い頃の録音であると分かった。次の機会に購入しておきたい。

日曜日は、10時にはガイダンスが始まるので、その前にティケットを回収するとすれば、自宅を8時半過ぎにぼちぼち出かけなければいけない。教会なんかよりもずっと早く出かけるのだ。だからパンも前日に買っておいた。出かけると地元の選挙でキリスト教民主同盟と緑の党が陣取っていた。CDUのおばさんがチラシと同時に紙包みに入ったブレッツェルを呉れる、そしてお友達にもと二つ目を渡そうとするので躊躇していると、立候補者から声が掛かった。いつもの醸造所のオーナーのアイメール氏だ。「天気悪いから今日はジョギングはどうだ」というから「行きまっせ」と握手して景気付けておいた。出るときには緑の党が近づいてきたが、知らぬ顔をしておいた。隠れ緑の党支持者であるが、なんとなく表向きはCDU支持者のような顔をしているのである。そして件の親仁も代議士の時は自由党であったので、体良く衣替えをしている。少なくとも醸造所ペッフィンゲンはショイレーベ種に関しては世界を代表するワインを今でも輩出している。

朝一番で何を着ていくか。来週も気温は摂氏20前後までにしか上がりそうにないので、先ずシャツは厚めのものでいい。上着も普段着の分厚いのを羽織っていくだけならば楽である。そもそも恐らく休憩も無く一時間半も続かないミニコンサートなので、面倒なことはよして、プロムナード感覚で出かけて、帰宅して飲みながら昼飯の用意でもしておこうか。



参照:
散髪を済ませた理由 2019-05-04 | 生活
一級のオペラ指揮者の仕事 2019-01-14 | 音
by pfaelzerwein | 2019-05-11 22:49 | 生活 | Trackback

散髪を済ませた理由

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今晩からバーデンバーデンに逗留すると、ゲルハーハー、ジメルマン、ヴァルトラウト・マイヤーのリサイタルを三日続けて、52ユーロで特等席で聴ける。一週間先ならば同じように三泊で、ダマロウ、アムラン、ユリア・フィッシャーのリサイタルなどを47ユーロで全てを聴ける。どれも四割満たない入りでガラガラだから自ずといい席へと移動する。

私が行くのはアムランとの室内楽会だが、それだけはマティネーで小ホール扱いになっていて9ユーロしかしない。序でに追加発注した復活祭の券を二枚ピックアップする。それでもアムランの演奏するショパンを二曲聴ける。それ以外は中ホール扱いになっていて、音響自体は悪くは無いのだが入らないとなると士気が上がらない。クーアーハウスか市立劇場でならば押し寄せるような出し物かもしれない。祝祭劇場の稼働を率を上げるために安いコストで催しただけなのかもしれないが、結構な名前が並んでいるだけに残念である。

この週末は、そのショパンのポロネーズとスケルツォ、そしてドホナーニのハ短調の五重奏、ベートーヴェン132ヘ長調を勉強しつつ、再来週の千人の交響曲を準備する。そのあとは、アイヴスの交響曲四番、フランクフルトでのオペラ二曲にサロメで、先ずはシーズン終了である。

新聞の政治欄を開ける。チェコのナショナリスト政党のトミオ・オカムラがオランダのヴィルダースとルペンに囲まれた写真と記事が載っている。仲間のイタリアの内務大臣サルヴィーニのヴィデオメッセージもあったようだ。要するに連中は反EU支配のBrexitと同様の声を上げるポピュリスト集団である。実際に11%の支持率のある「自由と直接民主主義の政党」のオカムラは、EUが無くても欧州は一緒にやって行けると主張して、スリムの追放と呼びかける。ドイツのAfDなどと同じ主張で一寸聞くと皆が「それはよい」と思わせるところがポピュリズムと言われる所以である。

そこで、カウンターとしての声は、ケルンでも市の音楽監督フランソワ・ザヴィエーロートとケルンのフィルハーモニー支配人が呼びかける「多様な声と寛容な欧州」への無料招待の5月8日に開かれる音楽会である。ここで注意しなければいけないのは、「歓喜の歌がEUの歌とされるような欧州の共通の価値観への義務を感じる」とする声明である。つまり、右翼ポピュリストが叫ぶ声は反グローバリズムやイスラムズムであるのに対して、こちらは明らかにその価値観という理念が存在する。

その理念とは、批判的にせよ啓蒙思想から導かれていることは、特に音楽芸術の場においては明らかとなる。ケルンの場合はハイドンとベートーヴェンがそこに並べられた。前者のフモールと後者のヒューマニティーの組み合わせとなる。

先のキリル・ペトレンコによる新シーズン紹介での第九の価値について語っている。それをして「人類のメッセージとして宇宙に伝える価値」に言及していて、全人的に人類の肯定的な否定的な全ての面を抱合しているとしている。これは明らかに批判的な解釈としてよかろう。そこが異なるのである。

朝晩と冷えそうであるが、散髪を済ました。これでボーデンゼー行きと上手く行けばワインフェストまで凌げる。7月の「サロメ」行きまで通せるかどうかは不明である。暖かいうちに済ましておかないとTシャツで出かけられなくなって、これまた都合が悪くなる。それが急がせた理由である。



参照:
いざアルテオパーの心 2019-04-29 | 生活
2019年復活祭の座席確保 2018-03-21 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-05-03 22:57 | 生活 | Trackback

いざアルテオパーの心

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プログラム発表前日である。ベルリナーフィルハーモニカーのツアーコンサート情報を集計する。新シーズンに新任首席指揮者がベルリンでも振るコンサートプログラムは次のようになる。

1.第九、ルル組曲またはエネスコフェスティヴァルで「ラプソディー」
2.ミサ・ソレムニス
3.交響的舞曲、アラゴアーナ、悲劇的序曲または三楽章の交響曲
4.「フィデリオ」全曲
5.マーラー交響曲六番
6.マーラー交響曲四番、リュッケルト歌曲

これ以外にオープニングツアーでシェーンベルクとチャイコフスキ交響曲五番のプログラムが入る。これで全てであろう。ジルフェスタ―のプログラムこそ分からないが、これ以外ではヴァルトビューネが入る節はあろうが、来年はミュンヘンで居ないとして、これ以上の年間プログラムは考えにくい。

要するにベルリン行プランとして既に暮れのベルリンの宿は予約してあるが、ジルフェスタ―以外では、最早考えられなくなってきた。上の全てのプログラムはここから350㎞圏内で全て聴けることが判明した。悲劇的序曲と三楽章で二回出かけるぐらいだろうか。それ以外には六番が再びオープニングツアーのプログラムになるのであろうか?今回は顔見世興行として、オープニングツアー、国内ツアー、復活祭、欧州ツアーと四回のツアーが組み合わされるので、上手く行けばベルリンには行かないでも済むかもしれない。それどころかそれ以上に良い演奏を良いホールで全て聞ける可能性が高い。入場料は本拠地よりも高くなってもこちらの交通費や宿泊費には到底代えられない。

2020年は更にNYフィルとシカゴ、そしてクリーヴランド管弦楽団の欧州ツアーがあり、前二つは プログラムと場所も分かった。こうして世界のトップの状況を確認していくと、超一流ではない管弦楽団など聴いている時間が無い。以前ならばベルリンの半額もしないヴィーナーフィルハーモニカーをズビン・メータが振るとなると安ければ買っておけと思ったが、もはや到底無理であり、動機付けも無くなった。それほど最後に聴いたヴィーナフィルハーモニカーの演奏程度が低く、放送で聴いても半額の価値さえなくなってきたからだ。

そもそも出かけるオペラはヴィーナーフィルハーモニカー、コンサートはベルリナーフィルハーモニカーが殆どだったので、オペラの方が変わって来ただけでしかない。そこでアルテオパーを確かめているとまた一つ見落としていたコンサートが見つかった。これは小ホールでのアムランのピアノリサイタルで、二週間先に室内楽で初めてこのピアニストを生で聴くが、その前に買っておいた。来年1月19日で、生憎出遅れてギャラリーの前列は無かったので、二列目を取った。以前は定期会員の時に一列を割り当てられていたので、その二列目の状況も分かる。観にくければ後ろに立てばそれで用が足りる。28ユーロとベルリナーフィルハーモニカーの券と7ユーロしか変わりないが価値はあるに違いない。

これでアルテオパーのシーズン中四回分を購入した。定期を辞めた時にはいつアルテオパーに戻ってくるだろうかと考えたものだが、予想を超えて逸早く帰還することになった ― 昨年ゲヴァントハウスで出かけたのを忘れていた。ミュンヘンへと出かける回数は今後減少するので、フランクフルトやバーデンバーデンなら遥かに楽だということになる。



参照:
大関昇進を目指せ 2018-10-10 | 音
ヘテロセクシャルな胸声 2015-11-22 | 女
バッハ最前線から現状報告 2016-02-26 | 音
by pfaelzerwein | 2019-04-29 05:10 | 生活 | Trackback

落ち着かない一日

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一日中仕事にならなかった。次から次へと最後の広報活動が繰り広げられて、そこに乗ってしまうと簡単にヴォランティア―の域を超えてしまった。更に13時30分からツアー中のクリーヴランドの管弦楽団生中継となると全く時間が無くなった。

広報の手伝いで何枚売れたかどうかは分からないが少なくとも来年以降の活動に影響を与えたと思う。それで本望である。前日のSWRによる総稽古報告内容を観ると、バーデンバーデンの復活祭が完全に今でとは異なる次元に入ったと確信した。なるほど昨年の「パルシファル」もある意味ミュンヘンそれよりも価値がある面もあったが所謂音楽劇場としての芸術的な意味は皆無だった。その責任は、決して演出にあるのではなく、素人劇場指揮者ラトルにあると確信した。

メータの指揮姿が一瞬映るだけで、これは違うと思った。何が違うかというと、ある意味散漫に見えても舞台の上から裏までに気が回っていると直ぐに感じた。恐らく経験というもので、それは無能なティーレマンのような指揮者にも備わっているもので、やはり埃だらけの劇場で長く勤めていないと身につかないものなのだろう。

故モルティエの遺書に書いてあるのは、指揮者が制作の最初から影響を受け、与えながらの過程が出来る人と出来ない人とが存在するということで、ツェッチマン支配人でさえその緊張関係に言及していたぐらいだから、まさしく劇場の舞台裏の人までを含んでの制作なのである。指揮者メータのどっしりと落ち着いた姿勢はそれだけでも存在感がある。ラトルが必死に練習して振っていても到底及ばない覇権である。総稽古ではアンサムブルが締まら無かったがどこまで初日に持ってくるか?タイトルロールを歌うスケルトンは少なくともトリスタンよりは声があっているようだ。よく出ている。

なによりも気が付いたのは、動かさない演技の中での身体の腰の入り方で、それによって緊張と緩和を表現する方法への言及で、正直今まで経験したジェシー・ノーマンの重量級のステップの左右への揺れでは殆どばかげて見えたものだった。しかしどうも予想通りドラマチュルクの指示がドラマを作っている。そもそもヴェルディの歌劇の本質は権力構造の表現であるから、嘗てヴェルニッケなどがトゲトゲの舞台で見せていたよりも、今回のウイルソンには拮抗する巨大な力があるように感じた。フィルハーモニカーが取り下げた写真には赤に血のように染まった幾何学的部分もあり、舞台も楽しみだ。

近場なので燃料もそれほど重視しないといけないことは無いが週明けにも二日続けていくので、少なくとも二往復分は給油しておいた。車ではプファルツからカールツルーヘへのラインの橋がこの二回の週末に閉鎖される。自分は通らなくとも南行の車が皆フランス経由で走るとなると渋滞も警戒しないといけない。買い物もあり、チィケットも取りに行かなければいけないので、14時前に出なければ間に合わない。

本来ならば北京からの二日目を録画するところだったが、コンサートマスターのドイツ人が、とってもMeTooで辞めた親仁の程度でないことを確認して、ここ暫くのこの楽団の低調ぶりを確認した。あれならばキュッヒルとそれほど変わらない。まさか世界の頂点があの程度では到底務まらない。来年の欧州公演までに新任が入らないと楽団の評価がガタ落ちになるだろう。メストもそろそろ辞めるつもりならば放っておくのかもしれないが、弦だけでなく全体が軋んできて仕舞っている。



参照:
ドライな方が上手く鳴る 2019-04-12 | 文化一般
ポートレートの色合い 2019-04-11 | マスメディア批評
声楽付き楽劇「トリスタン」 2016-03-22 | 音
by pfaelzerwein | 2019-04-13 03:26 | 生活 | Trackback

避難第三弾を計画

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他所に二泊では足りない。宿泊時のお目当てとなる公演を探す。気が付かなかったが、お隣どころか同じところに公演が見つかった。シマノフスキー作曲「ローゴ王」である。指揮は日本で有名なカムブレランで、初めての曲で名前しか知らなかった。歌手陣はルーカス・ゴリンスキというポーランド人がタイトルロールを歌う。ポーランド以外では殆ど活躍していない本場ものだ。

正直シマノフスキーの音楽への見識はあまりない。先日放送されたリサ・バティシュヴィリの演奏もあまり良く頭に入っていない。手元の音源も少ない。楽譜もネットに転がっていないようなので、感覚的に掴んでいかないといけない。そもそもカムブレランの指揮でストラヴィンスキーなどの作品は聞いているがあまり感心したことが無い。しかしシマノフスキーは比較的相性がよさそうなので期待したい。そもそも私の位置からすると南にバーデンバーデン、東にシュトッツガルト、北にフランクフルトと包囲されるように振られると行きたくなくても行かざる負えなくなる。しかしそれに応えるだけの管弦楽団や合唱なのかが少し気になる。編成も大きそうで、市立歌劇場の手に負えるか?

しかしこれで全六夜の三夜を他所で寝れる。最後の終了日は早いので、実質的には二夜と四日間を我慢すればよい。そのうちに一日ぐらいは降雨があるか涼しくて、ノイズキャンセリングイヤフォーンでなんとか安念に過ごせるか。

しかしこれでまた二曲も新曲を加えてしまった。ヘンデルの方が楽譜もあるので目を通さないといけない。四月の復活祭が終わると、五月の「千人の交響曲」、そしてこの二曲にアイヴス交響曲4番、そして「サロメ」である。復活祭の「オテロ」は昨秋に続いてなので容量が分かっているが、シェーンベルクがやはりまだまだだ。「レクイエム」とここは質量とも山場になるだろう。

兎に角、昨年も市立歌劇場に入ったので馴染みの劇場になりつつある。今回も前回の価格と同様に33ユーロとなった。ヘンデルの方は後ろの方だが、正面であるから比較的良く見えるのではないかとも思っている。あまり指揮は見ようとは思わないが天井桟敷は大抵問題が無い。フランクフルトの劇場は新しい作りの割には座席の配分がもう一つである。経験が足りないので分からないが一番安い席はどうも視角だけでなく音響的にももう一つではないかと思う。小さい劇場でどうしてあれほど凸凹になるのだろう。所謂お得な席がまだ分からない。

駐車場も夜中料金は17時から8時で4ユーロ、休日は昼間一時間ごとに1ユーロとなっている。公共料金はティケット料金に一部含まれているので、上手く車も出し入れすれば安くつく。



参照:
そのものと見かけの緊張 2018-06-19 | 女
祭り会場から一時避難 2018-06-17 | 暦
by pfaelzerwein | 2019-04-03 23:55 | 生活 | Trackback

全然異なる脳を使う様

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待ちで時間が空いた。急いで探し当てた、電話の差し込みとデジタル回線分岐気を接続するケーブルを探した。特殊な形状の差し込みでそれが無いと接続できない。週末以降必要なくなるものだが、出来れば電話差し込みを抜いて、新しいルーターを差し込むだけになるように施設準備を整えておきたかった。

週末回線が開通すると同時に接続して、設定をするのだが、その時に施設が終わっていないと落ち着いてソフトウェアーの仕事がままならない。全く個人的な問題なのだが、エンジニアーとか何とか技師とか、実験屋さんのような人は手を動かしながら科学する訳だが私には全く出来ない。どうも全然異なる脳を使うようで、そもそも不器用なところで何かを手で整えようとするとその他の脳が働かなくなる。だからハードウェアーを整えておかないとソフトの仕事が出来なくなるのだ。その間主要電話回線が不通となると落ち着かない。

不器用でも手作業するとなると集中してやる。先ず件ケーブルを前夜のズタ袋の中を探してみた。そして綺麗な未使用のそれらしきが目に入った。差し込んでみると完璧だった。そこから電話線を切り取って、昨夜探し出したターミナルに接続して、その分岐器の差し込みに電話線差し込みと特別のケーブルで結んだ。これでまた従来通りにISDNが使える。それも週末までである。これで一安心だ。郵便は来ていないがネットのログインは従来のままで出来るのだろう。それでも明日お知らせが来なければ、調べてみなければいけない。ネットは要らないのだが、電話が通じないと困る。

バーデンバーデンからメールが入った。新制作「オテロ」のキャスト変更についてだった。まさかデズデモーナ役のヨンチェヴァかとも思ったが、それではなかった。それでもイアーゴ役のルカ・サルシが練習のあるベルリンに向かう途中の肋骨を三本折ったとある。一体どういうことか?車の事故しか考えられない。それも大事故の部類だ。

ミュンヘンやらフランクフルトでも歌っている人のようだが、ネットで聞いてみるとどちらかというと軽い方のバリトンでイヤーゴには厳しいと思った。そして代演するのがブルガリア人のウラディミール・ストヤノフという人でそれ程出番は多くはないがこの役を得意としているようでその声は深い。演出にもよるだろうが、昨年ミュンヘンでジェラード・フィンレイの歌唱で聞いたので、技術よりも今度は声の力だけある人でもいいと思った。どちらかというと昔のギャウロフとかそちらの方の声を思い出す。顔つきも実年齢よりもどすが効いている。なによりもオテロ役のステユーワート・スケルトンのオテロが特に心配になる。どう考えても声も個性も弱い。兎に角二日も行くことになっているので何とかして欲しい。



参照:
探し物は何ですか? 2019-03-28 | テクニック
興業師からのご挨拶 2018-12-21 | 文化一般
by pfaelzerwein | 2019-03-29 02:17 | 生活 | Trackback

ストリーミング週末始め

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金曜日は、幾つかの録音録画が相次ぐ。先ずはミュンヘンからハイティンク指揮の第九である。ベートーヴェン絡みでも参考資料になるが、ハイティンク氏が今年限りで引退してしまうと生中継を録画する機会はそれほど多くは無い。もう一度ロンドンで3月10日にブルックナーの「ロマンティック」などがYouTube中継される。夏のフェスティヴァル週間もあるだろうが、まだまだ指揮は安定しているので通常の演奏会を記録しておきたい。個人的には二回続けて行って見極めたので、今後無理して出かける必要もなく、近場で演奏することもなさそうなので、ネット配信で十分である。

それと同時にベルリンからアルペン交響曲などが放送される。これはDeutschlandKulturのストリーミングの質が低くても、最も歴史のある放送交響楽団の実力を見極めて、指揮者ユロウスキーの今後を占うためにも聞き逃せない ― 彼こそはドルニー体制のミュンヘンでオペラ指揮者として大物になると期待している。

それが終わって深夜になると、メトから「ファルスタッフ」がストリーミングされる。マエストリが主役だが、ゴルダ・シュルツもナネッタのロールデビューとして出る ― ご本人は中継のことを告知していなかったので早速書き込んでおいた。こうなるとどうしても聞かなければいかず、少なくともタイマー録音をしてみる。ご自身が紹介しているインタヴュー記事を読んだ。楽譜を開けるたびに考古学的発見があるというが、声にも合う役だという。その可能性に関してはBRのインタヴューで話していたが、遅咲きの歌手にとっては声つくりが限られるらしいが、一方で母親の言葉として「求められばこそ、困難な道も容易になるから」と語っている。

先日の「ドンジョヴァンニ」の中継はまだ良く聴いていないが明らかにマイスター指揮の冴えない程度が分かってしまった。

木曜日午前一時前にミュンヘンから帰宅して、色々としていううちに三時に近づいていた。五時にはアルテで再々放送が始まる。目覚ましを掛けて二時間弱の睡眠を貪った。結局動画の方は止まってしまって失敗したが、音声は取れた。それでも音飛びしたので、もう一度繰り返した。思ったよりも高音質で録音できた。更に動画も前番組として取り直したら使い物になるコピーとなった。オンデマンドと変わらないのかもしれないが録音方法をデジタル回路の中でしたので音質が上がったのだろう。

改めてその演奏を聞くと遠くで聴いていたよりも鮮烈な演奏だった。とても良く合っている事は知っていたが、会場ではワンのピアノが食われていた。それでもこの演奏を見聞きすると、この女流の質の良さが確認された。合わせることも上手く、室内楽も間違いなくいいと思う。インタヴューでペトレンコとの共演にも触れていて、いつも少しづつ変えてくるというが、実は彼女も変わっているのだと感じた。お互いに間合いを計っているからだ。ベルリンでの共演の時はインタヴューのオッテンザムマーに「(ペトレンコに)イスラエルで連日の共演を通じて自分のテムピを覚えて貰った」と嘯いていたが、実は上のヴィデオを観ると遥かに精密になっている ― イスラエルでの録画ともう一度比較してみたい。当然イスラエルフィルは合わせるのに躍起で、細かな音楽は出来ない、しかしベルリンは四月に続いて重ねるうちに拘って演奏してきている。そうなるとワンの方も影響を受けてきていた。奇しくもインタヴューで、「フィルハーモニカ―は極限まで追いつめてきて、若い人もいて、凄く今の現状に肯定的である」と話している。流石にカーティスで頂点の教育を受けている人らしく、
室内楽的に音楽をすることを身に着けている。

もう一つ気が付いたのは試し引きの後で指馴らしでシューマンの協奏曲を弾いていたことで、あれだけの過密な日程でも旅先でああして準備しているのかと思った。色々なところを見ていても本格的デビューからそれほど年数を経ていなくてもそのコンサート回数に比例して通常の人ならば何年もかかるような経験を積んでいることも分かった。サウンドチェックを兼ねた楽器選びで人が入った時をしっかり予想して選択していることなど、流石にプロフェッショナルだ。その割には当日上の席では管弦楽とあまりにも一体化してしまって目立たなかったのも興味深い。作曲家もそこまでは予想していなかったかもしれない。

平土間の比較的前列にレジデンスの作曲家リーム氏が居座っていて、隣の奥さんか誰かと感心して話している。これもとても興味深い。ワンへの曲の献呈もあるかなとも思った。そしてワンは、ペトレンコを称して「ミラクルな指揮者」としている。これも中々気が利いている。



参照:
小技ばかり長けても駄目 2019-02-18 | 文化一般
独墺音楽のコムパクト 2018-09-01 | マスメディア批評


by pfaelzerwein | 2019-02-22 22:54 | 生活 | Trackback