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索引 2018年12月

未だ嘗てない年越し 2018-12-31 | 暦
腰を抜かすような響き 2018-12-30 | ワイン
出た!192kHzの高密度 2018-12-29 | 音
仕事納めのその準備 2018-12-28 | 生活
旨さが心配なハードコア 2018-12-27 | ワイン
絞りのフラクタル感 2018-12-26 | 文化一般
少年少女合唱団を推薦 2018-12-25 | 暦
待降節の輝きの時 2018-12-24 | 暦
パーティの王のケーキ 2018-12-23 | 料理
興業師からのご挨拶 2018-12-21 | 文化一般
そろそろ買い納め 2018-12-20 | 生活
バイエルンに寄せる想い 2018-12-19 | 文化一般
先に、劇か歌かの回答 2018-12-18 | 音
初雪の待降節第三主日 2018-12-17 | 暦
影を慕ってハムブルク 2018-12-16 | 文化一般
ハムブルク行の計画 2018-12-15 | 生活
大団円への大芝居 2018-12-14 | 文化一般
許容範囲だろうか 2018-12-13 | 文化一般
大きなレープクーヘン 2018-12-12 | 料理 TB0,COM2
やはりライヴに来て 2018-12-11 | 音
客演のための課題曲 2018-12-10 | 音
しっくりこない感じ 2018-12-09 | 文化一般
不整脈辞退を受けて 2018-12-08 | 文化一般
Wブッキングの逡巡 2018-12-07 | 生活
スカラ座からの初日中継 2018-12-06 | 文化一般
一先ず軽快さを満喫 2018-12-05 | テクニック
思えば遠くに来たもんだ 2018-12-04 | 雑感
PTSD帰還士官のDV 2018-12-03 | 文化一般 TB0,COM2
待降節最初の土日 2018-12-03 | 暦
公平な選り取り見取り 2018-12-01 | 雑感

by pfaelzerwein | 2018-12-31 22:03 | INDEX | Trackback

未だ嘗てない年越し

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土曜日の朝のラディオは日本のジャンパーのことを伝えていた。今独走しているらしい。珍しいことである。パン屋は大みそかの14時まで開けて、休みに入る。二週間の冬休みだ。八百屋に行きたいのでその足で買い物を済ましたい。走るのはまた改めて考えよう。

年末年始の音楽番組をリサーチする。例年、精々ノイヤースとジルフェスタ―コンツェルトの二つぐらいしか意識がなかったが、今年はなぜか盛りだくさんだ。二重どころでなくて、三重四重に番組が重なる。タイムテーブルを精査しないと欲しいものが見聞きできない。

先ず、30日夜は20時から2016年録音の「トリスタン」が夜更け23時30ほどまで続く。これはラディオを録音すれば十分だ。しかし22時過ぎにゼムパーオパーからのガラコンサートがある。そもそもこの手のものには興味がないのだが、とても気になってきている。一つはメストとシュターツカペレの相性を見たいこと、もう一つはカウフマンを始め、来年ペトレンコと共演するクールマンも見てみたい。要するにこれも録画してしまうかもしれない。殆どカウフマンファンのご婦人方と変わらなくなってきている。既にフィラデルフィアからの放送は始まっているがこれは暮れから元旦に掛けた再放送でも聞ける。

そして大晦日になると、17時にはゲヴァントハウスからの生中継だ。しかしその前に15時にユロウスキーの第九である。前回のを聞いて、四楽章の前に間髪を入れずに置いた「ヴァルシャワの生き残り」が予想以上に効果があった。1978年のフランクフルトでのミヒャエル・ギーレンのモンタージュのアイデアを踏襲して更にマーラー版を用いた。先達がそうしたように今年も違う曲を組み合わせる。演奏された20日に初演された。個人的な興味はペトレンコを継ぐユロウスキーのそのセンスなのだが、とても期待させられる。こうしたプログラミングは必ず後任の支配人ドロニーとの成功をもたらす要素だ。今回は通常の版を演奏するようだ。これも録音である。

問題は映像だ。17時にミュンヘンからの生中継で、病気で休んでいたヤンソンスが出てきて、ゴッチャルクが司会するのでこれも気になる。ランランも出てくるがもうこれは分かっているのでどうでもよい。演奏もどうでもよいので後で見れたらそれで十分だ。

しかし同じ時刻に始めるライプチッヒのゲヴァントハウスの第九は見逃せない。今まで関心がなかったが、シャイー指揮の時も話題になっており、なんといってもネルソンズの指揮が観たい。そしてゲヴァントハウスの響きを堪能したい。本当はラディオでも録りたいところで、終了が17時なので記録して、急いで仕切り直しである。

つまり、録音と録画が回っているうちに18時40分にはフィルハーモニーからのジルフェスタ―コンツェルトが始まる。もうこうなるとARTEのオンデマンドに頼るしかなさそうだ。来年からペトレンコが出てくるとなると、ここはとても厳しくなる。

奇しくもシュターツカペレの指揮者ティーレマンが「ヴィーンの休日」を楽しんでいる間にドイツのメディアでは未だ嘗てないほどの熾烈な放送合戦が行われる。そして、ペトレンコを追いかける頂点に近づくような人たちが集っている。一方にメストやヤンソンスがいるというのは私の知る限り珍しい。やはり次の人たちが出てきているからだろう。特にネルソンズのゲヴァントハウスはペトレンコのベルリンにとっては若しくはお互いに最も意識をする組み合わせになるだろう。少なくとも楽団は双方ともが長所を持っていて、容易に超えられないからだ。

ネルソンズの指揮に関しては、結局迷った挙句、クリーヴランドの二番よりもボストンの三番のマーラーの交響曲を録音した。後者は来る金曜日にプロムスでの再放送もあるが、タングルウッドでの再放送も聞いておきたかった。中々面白かった。特に終楽章のアクセントやトラムペットの強奏などは楽譜を調べる必要を感じた。要するにそう簡単に否定するようなものではなく、またサロネンの指揮などとは表現の奥行きが随分違う。

これで本当に網羅できたかどうかも自信がない。その他のラディオなどは敢えて目を瞑っている。余裕がないのだ。特に来年は生まれて二度目の第九の演奏会が控えていて、今から少しづつ気に留めておかないといけないので、二種類の第九はとても参考になると思う。正直、DCHでラトル指揮の第九を思い出している暇などない。



参照:
大関昇進を目指せ 2018-10-10 | 音
生誕250周年への準備 2018-11-28 | 暦


by pfaelzerwein | 2018-12-31 00:38 | | Trackback

腰を抜かすような響き

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プロムスの再放送を聞いた。気が付いていなかったのだが、一時間の時差もあり何とか聞けた。録音も残してあるが、敢えて聞いた。それどころか録音の準備をした。生中継録音も成功していて、これ以上というのもあったが、録音機材も新しくなっていて無駄ももともとで試してみようと思った。

音が出た時から腰が抜けそうになった。生放送よりも音がよいと感じた。機材が変わっているので正確な比較は儘ならないが、音が落ち着いているだけでなく柔らか味と裏がよく聞こえるようになっている。通常は生放送というのは新鮮味があっていいのだが、その副調整室でのミキサーの上げ下げとかその場の判断で必ずしもベストではない。勿論ライヴ放送に出来を求めているのではなく事故がつきものだ。しかし新鮮味はあると信じられている。しかし生放送ラディオの送信経路を考えると必ずしもピューアサウンドにならないことは分かる。

当然のことながら送信事故を考えて副調整室で録音もしている筈だ。恐らくその素材が放送されたのだろう。編集は無くても - それどころか休憩時間のプログラムまでそのまま流されていた -、最も良い音で捉えた録音ならば生放送よりも良い可能性がある。なんとなく休憩プログラムの音が貧弱に聞こえたのはそれゆえか?そして32Bit96kHzのフローティングポイントで録音した。

ガーディアン紙が今年にトップにリストアップしていたが、その前半は今回のツアーの中でも価値のある演奏だったと思う。既にその評価はしていたが、こうして細かなところまでズームアップ出来ると - つまり喧しい音にマスキングされない -、ソロでは聞かせる奏者たちもそのセクションごとのアンサムブルとなるとフィラデルフィアなどの頂点の合奏には追い付かなく荒い。これは総奏の音作りとも共通しているかもしれないが、結局はセクション毎にアンサムブルを締め直して、全体で音を作っていくしかないということだろう。最初から木管群などは業務連絡が盛んだったが、指揮棒の流れに沿って合わせていくことを考えるとやはり時間が掛かることなのかもしれない。つまりキリル・ペトレンコが各々の奏者の出来を把握しないことには詰められない合奏の芸術かもしれない。水曜日にはもう一日の再放送があり、これも聞き逃せなくなった。

「春の祭典」をクリーヴランド管弦楽団がエルプフィルハーモニーで演奏した録音を聞き返した。やはり出だしからして上手い。テムピで分からないところはまだあるのだが、二部のイントロダクションがとても気に入った。こうした精細なリズムを書き込んでいて、我々の知るストラヴィンスキーのイメージとはまた違う洗練が感じられた。ここもブーレーズの演奏と比較してみたい。メストの指揮はどちらかといえばブルックナーをお手本にして作曲されたストラヴィンスキーで、アロイス・ツィムマーマンが模倣したストラヴィンスキーではない。最終の生贄の踊りのリズムが難しい。私は未だに全然乗れていない。期限があるのに大丈夫だろうか、自分が演奏するわけでないのに心配になる。

「影の無い女」の一幕はペトレンコ指揮のストリーミング録音を聞いた。やはり今からすると物足りないところもあって、歌手などの条件が揃えばもう一度最後に再演があってもいいかと思う。若しくはバーデンバーデンでも遠くないうちにやってもらいたい。その意味からするとケントナガノがどのように鳴らしているかが気になってくる。

年末二本目のグローセスゲヴェックスを飲み干した。デキャンタに入れ替えた甲斐はあったが、結局酸が落ちていてミネラルが苦味を出していた。ここがリースリングにおいて重要なところで、高価なリースリングつまり長く寝かして瓶熟成を楽しむようなワインには経年変化で落ちない生物学的熟成による酸が不可欠だ。数年で酸が落ちてしまうようではいけない。つまりこれ以上寝かしておいても素晴らしいバランスとなることはないということだ。最後の時期のフォンブール醸造所のペッヒシュタイングランクリュを試飲していて、「2012年にはそれほどの瓶熟成が期待できるわけでなく比較的早めに開けれそうだ。」と書いている。もう少し早めに開けてしまえばよかった。

昨年のアムステルダムでのクリスマスコンサートを観た。コンセルトヘボーを現代のバッハの伝道師へルヴェッヘが指揮したロ短調ミサである。この指揮者とゲントの団体は我々の伝統のあるフランクフルトのバッハの会では最も今日的なバッハを聞かしてくれた団体だ。だから安売りで彼の指揮する新旧の二種類のロ短調ミサ曲のCDを所持している。その二つの制作や我々の聞いたフランクフルトでのそれとは大分大雑把な感じは免れないがそれでも良かった。近代奏法でのメスト指揮の演奏よりもやはり異なりコンセルトヘボーの管弦楽にとことんやらせている。我々の教会合同的なバッハである。



参照:
一杯引っ掛け風邪予防 2013-09-13 | 試飲百景
19世紀管弦楽の芸術 2018-09-04 | マスメディア批評



by pfaelzerwein | 2018-12-30 01:41 | ワイン | Trackback

出た!192kHzの高密度

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ベルリンのデジタルコンサートのファイルを聞いた。ハイレゾリューションのファイル群である。以前からシューマンの交響曲全集は重宝していたが、シベリウスも、アーノンクールのシューベルトもあることは知らなかった。一方そうしたファイル類を販売していたことは知っていた。ディスクと一緒に購入可能だ。しかしこうしてネットでアクセス可能とは思わなかった。

理由があって、日本語以外ではリンクが張っていないようだからだ。分からなかった筈だ。勿論プライムシートなどの日本限定のハイレゾ音源提供も知っていた。しかしそれはネットの関係上流すことすら難しい。そこで今回教えて貰ったのは通常にDCHに入ってそこで聞けることだった。但し一楽章づつ除いてあって、通常の一回券では全部は聞けない ー その後全て聞けることが判明した。全て聞こうと思えば購入しなければいけない。当然だろうと思う。兎に角、試してみて購入する価値があるかどうかを自身で判断すればよい。

今まで使っていたシューマンのファイルは96kHzしか出ていなかったので、今回のシベリウスの192kHzはとても良い参考資料になる。そして今回初めてその速度でDACから出力した。初めてではないかと思う。理由は殆ど無線で送り出していたので、キャストとDACの接続の上限が96kHzと定まってそれ以上の信号を送ってもDACに入力不可だったからだ。

もう一つは、DACに有線でLINUXを接続したことから、LINUX経由でDACを制御できるようになり、PCMはそのままDSD変換することなくアナログ出力可能となった。つまりピュア192kHzPCMファイルを楽しめる。DSD処理すると奥行きが増えたりと変化がある。詳しくはマイクのセッティングなどを想像しながら聞かないとどちらがどうとは言えないかもしれない。

改めて感じるのはデジタル録音再生というのは、嘗ての用語であるHiFiつまりハイフェデリティーの原音再生であり、密度を上げればそれだけ原音に近づく意味でしかない。つまりその印象は、凄い音が出るとかではなく、より親密にやわらかな肌触り感が増すということでしかないのである。つまり原音がどのようなものであるかをある程度分かっていれば、密度が上がれば上がるほどズームイン可能にはなるのだが、ざっとした印象はそれほど変わらなく、ハイレゾになればなるほど、ライヴの音はそうだったと再確認するだけのことである。謂わば幾らその密度を上げてもそれはそれで「ああそうそう」と記憶や感覚との比較でしかないということだ。当然である、そこで原音が鳴らない限りはそれが仮想音空間であることには変わらない。そもそも大管弦楽を小さな室内で鳴らすことなどは不可能なのだ。

DCHのコンテンツには最初から飽きているのでこれはとても良かった。今回のペトレンコ二枚DVDにハイレゾ音源を付けていれば考えたかもしれない。少なくともルツェルンの録画が欲しかった。



参照:
なんと、96kHzのキャスト! 2016-10-13 | テクニック
新たに分ったことなど 2018-10-25 | 雑感


by pfaelzerwein | 2018-12-29 04:53 | | Trackback

仕事納めのその準備

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年末仕事納めになってきた。支払いなどを整理する。何とか金曜日に間に合うか。やるだけやれば後は大みそかから元旦へと適当に流れる。

クリスマス祝日二日目は穏やかな天気だった。夕食に新たにグローセスゲヴェックスを開けた。今度は地元のペッヒシュタイン2012年である。これは飲み頃はまだなのだが、ほかにもある2012年物のパイロットとして開けてみた。少なくとも開栓初日の感じではまだまだ片麻岩のリースリングが開いていない。2013年よりも無難な年だったので余計に開いていない。しっかりしているのでデキャンタに入れ替えた。二三日様子を見ながらのもう。普通の意味ではとても熟れていいワインなのだが、それだけでは物足りないのがこの土壌の潜在力の高さだ。リースリングに合わせて、子牛肉とトリフのザウマーゲンにホウレンソウなどを適当に炒めた。マッシュポテトの付け合わせのあまりにも単純な食事だが、開いていないワインにはこんなものでいい。

英国から冬物バーゲンの知らせが入っていた。Brexitの状況を見て、本当は纏め買いの予定でいたが、三月以降も移行期として通関などは免除されるようだ。だからまだ時間的に余裕があり、急いで購入する必要がないことが分かった。それでも割高で購入した夏物と清算するように安いものが出ていた。半額以下だ。120ポンドのものが50ポンドでものは悪くは無い筈だ。前回購入したシャツに似ているが、この価格ならば邪魔にはならない。本当は異なる色合いが欲しかったが、半年後に買えればそれでよい。

序でにタイも注文しておいた。パープルの色合いで、今持っているリラ系とは少し異なる。これはこれで使いやすいと思う。送料が10ポンド加算されるので、二点半額以下を買えば手頃な価格になる。

就寝前に録画に失敗したラトル指揮のバーデンバーデン復活祭こけら落とし公演から「魔笛」を流した。ペトレンコ指揮のデビューが「フィデリオ」になるならば、やはりこれは参考にしたいと思ったからだ。NHKが金を出していて、ピットの中がよく分かるようなカメラアングルが多い。そして、最後に「パルシファル」で成果を挙げたラトルの最初に戻ってみたかった。演奏は記憶通りとても良かった。オペラ的なことは別に、ペトレンコがこれだけの成果をモーツァルトで上げれるかどうか正直分からない。

タミーノもブレスリクが歌っていて、ナジだけは分かっていたが、幾らかオペラ業界が見えてきた今からすると、中々いい配役になっている。シァーガーというテノールもここで聞いていた。確か本来はジモーネ・ケルメスが夜の女王だった。ホセファンダムも出ていて、可成りのキャスティングで挑んでいたことが分かる。だから大々的にメディア化されたのだった。しかしその後は、「トリスタン」を除いてはむしろ評判が悪く、キャスティングも悪くなっていった。その「トリスタン」のベルリンからのラディオ放送は日曜日の20時から2016年3月31日中継の再放送がある。因みにDCHの収録は4月3日で双方ともベルリンからである。3月19日の初日から28日までの計四回のバーデンバーデンからの中継の希望も存在した。「魔笛」の映像は2013年4月1日の復活祭最終日の収録である。初日23日に出かけたがこうして改めて聞くと中々健闘している。

翌14年は「マノンレスコー」で予測通り低調だったと聞いている。15年の「ばらの騎士」は良かったが、ハルテロスの関係か映像録音とも存在しない。17年の「トスカ」は一番評判が悪かった。どうも祝祭劇場がその他の「ペレアス」や「女狐」などを拒んだのかもしれない。兎に角、ラトル指揮でのオペラの成功は五割ほどしかなかったことになる。



参照:



by pfaelzerwein | 2018-12-28 03:32 | 生活 | Trackback

旨さが心配なハードコア

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クリスマスには、いつもの栗ザウマーゲンに、レープホルツ醸造所のガンツホルンを開けた。2013年産であるから熟れていて当然なのだが、ドイツで糖を最も落とす醸造所として有名で、そこのワインの瓶熟成には疑問もあった。しかしグローセスゲヴェックスつまりグランクリュの醸造にも経験を積んで、糖の残し方も上手になってきた。

実際に開けてみるととても上手く結びついた旨みを感じ甘露まではいかないがナシの熟成感にも近い。甘い大粒の栗にも合わないわけがない。寧ろ私のような超絶辛口を求める向きには物足りなく、食事にはと思ったのだが、なんといってもおかしな混ざりもの感がない。要するに口の中で邪魔をしない。

恐らく2013年の酸が弱いものだから、旨みの感じが強く出てきたのだと思う。決して残糖感とかがあるわけでは無いのだがそのミネラル風味がハードコアではないのだ。

序でながら、ベルリンのデジタルコンサートホールからはチェックアップしたメディアは既に観ていた。つまりコパチンスカヤのリゲティなどは既に観ていた。そのヴァイオリンの音が正に甘い。我々からするとソフトコアなのだ。パフォーマンスなどは良いとしてもシェーンベルクに合わせるとなると、よほどハードチューンした管弦楽でないと本質がごっそりと抜け落ちてしまわないか?まだベルリンでリハーサルしていないことを既に心配しているのだ。キリル・ペトレンコには絶大の信頼があるのだが、ミュンヘンでの批評などを読んでも、聞いてみるまでは分からない。

就寝前にデジタルコンサートホールから二曲を流した。同じコンサートの最初のシベリウスの曲に続いてリサ・バティシュヴィリが弾くヴァイオリン協奏曲である。ヤルヴィの指揮も予備知識として観ておきたかったが、どうしてもその競演の方は気になる。

フィルハーモニカーの中には同じツュマチュエンコ門下生もいると思うが、彼ら彼女らの表情やその本気の演奏態度が嬉しい。これだけ活躍している奏者となると競演も超一流となるので、こちらも実際に先日のフィラデルフィアとどうしても比較してしまう。

曲はお得意のシベリウスらしいが、私などは先日のチャイコフスキーでのピッチの相違があったのでどうしてもそちらに合して耳を調整しながら聞いてしまう。なるほど中々輝かで申し分ないが、本当のデルジェスの響きは少し違うのではないかと保留するのである。

またもや一楽章の後で拍手が起こっている。チャイコフスキーの場合は仕方がないと思うが、ここはどうも解せない。個人的には会場の騒がしさなどが苦にならないだけの予習と修業を積んでいるが、それとこれはまた別な話だ。「悲愴」の三楽章の後とかとはまた異なる「理解」の問題が係る。センス、要するに趣味の良さということになる。ブラヴィーでもなんでも歌舞伎の掛け声でもなんでも同じだが、知ったかぶりの下種な態度はみっともないだけだ。同様に間延びした演奏には間延びした沈黙だろうか。

それにしてもヤリヴィは集客力という点があったにしてもとてもいいところで呼ばれていて、プログラム面でも得をしている。楽団の方が願っているところでもあり、とてもいい関係に見える。画面はまだよく見ていないが、ベートヴェンの一番のお勉強休みにじっくり見たい。

「春の祭典」が頭に圧し掛かっているが、メディア整理からミュンヘンでの「影の無い女」初日シリーズストリーミングの録音をコピー忘れていたことに気が付いた。昨年の放映時に音声だけを綺麗に録音したからだ。要するに初日の録音は所持しておらず、映像についているMP3では物足りなかったので、音声だけを狙った。探すと残っていたのでコピーしておいた。

再演で聞いた時はスコア席に近かったのが、三幕には最前席に移動。しかしこうして改めると邪魔になっていた幕に入る前の電気的な音声があまり邪魔にならなくなってきた。正直今改めてこの作品の楽譜に当たるのは億劫だったが、もう避けて通れない気持ちになった。スイッチが入ってしまった。我々凡人は、そもそも大部の楽譜を開くのが厄介で、音を聞くぐらいでしかスイッチが入らない。奇しくもその時点でケント・ナガノに関して言及していて、今回もそのナガノの指揮で観劇するとは、因縁をとても感じさせる楽劇である。



参照:
Wブッキングの逡巡 2018-12-07 | 生活



by pfaelzerwein | 2018-12-26 23:08 | ワイン | Trackback

絞りのフラクタル感

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金曜日に八百屋でプレゼントに貰って来た鉢の写真だ。いつもハッキリした色の花片を選ぶのだが、二三年の鉢がまだ元気で盛んに花をつけているので、全く異なる淡くチリチリになっているのを貰った。真っ白のを選ぶ人もいたが、このフラクタルな感じに興味を持った。明らかに複雑系で、更に古くなったら余計にボケボケとなりそうなのだが、それがまた面白い。謂わば着物でいえば絞りということになるのだろうか。

快晴になった。屋根裏部屋から降りてきて、事務机に座っている。アムステルダムからの中継が始まった。TV中継の方は生中継では制限が掛かって駄目なのようなのでラディオ放送である。中々綺麗な音のするNPO4放送局で、あまり直截的な音ではない。

クリスマスマティネーと称してコンセルトヘボー会場からの恒例の中継らしい。あまりコンセルトヘボーからの生中継は聞いたことがないので喜ばしい。独自の音響が綺麗に捉えられていると思う。曲目は「くるみ割り人形」である。指揮者のビシュコフはラディオでの紹介にもあったようにラベック姉妹の妹の方の旦那さんらしい。ベルリンのフィルハーモニカーの後任候補にも名前が挙がるように実力者らしいが生どころか放送やメディア等でも殆ど聞いたことがない指揮者である。

ロシア人の指揮者であるがヴィーンの音大の指揮科の教授として君臨していて大物のようである。何よりもキリル・ペトレンコの指揮の先生として著名になった。この教授に言わせると初めから教えることはなかったということになるらしいが、こうしてこの教授がコンセルトヘボーの管弦楽団を振るのを聞くと流石と思わせるものはある。夏に聞いたハイティンク指揮の管弦楽団とは随分と違うアンサムブルである。

前々常任者指揮者のシャイーを批判する向きはいても、この指揮者に関しては批判が難しいのではなかろうか。聞いているだけでそのバトンテクニックの正確さは分かる。しかし鋭角な印象を持たせない。先月放送されたボストンからの「くるみ割り人形」よりも大分上手に弾けている。指揮もネルソンズのものよりも合理的な感じがする。反面、奥行きもあり、瀟洒も損なうことなく、複雑系の音響でもある ― まさしくこの辺りがネルソンズ指揮のボストンでは叶わなくともゲヴァントハウスで可能となるところだ。また前常任指揮者ヤンソンスの及ばない領域でもある ― 同じソヴィエトの教育を受けてもユダヤ文化的背景の有無がものをいうのか。やはりヴィーンの指揮科首席教授となると違うのだろう。この教授も一時はコンサート回数が結構あってその風貌からかあまり面白みがなくて興味がなかったが、バーデンバーデンにも復活祭で再び登場するかもしれない。出来ればヴィーンのノイヤースコンツェルトで喝采される頃に聞いてみたい。

正確さといえば、「春の祭典」お勉強に本命のブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団の新盤の方を鳴らした。やはりとても目が行き届いた指揮をしていて、そのリズム構造への造詣が感じられる。いつものようにサクサクと進めているのだが、しっかりと拍を取っているのでシャカシャカしたところがなく、超一流のそれである。詳しく精査してみなければいけないが、メスト指揮のそれとは大分違う。反面あまりにも流れ過ぎるので若干スタイリッシュに感じられる部分が多くて、いつものように「演奏解釈」としては寂しい。しかしこれほど精査してある録音は他にはないのではなかろうか。そのテムピに関してはよくわからないところもあって、研究してみないといけない。しかし全体像はとてもよく出ていて見事だ。

クリスマスイヴにデジタルコンサートでオープニングコンサートの三曲を流した。やはり初日の演奏はとても固いが、ミスが無い様に正確に進めたのは流石で、翌日のスクエアーでの開花した演奏とのコントラストが甚だしい。その野外での演奏があったゆえにザルツブルクの初日では荒っぽくなっているのは録音で最近確かめた。



参照:
Wブッキングの逡巡 2018-12-07 | 生活


by pfaelzerwein | 2018-12-26 00:30 | 文化一般 | Trackback

少年少女合唱団を推薦

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イヴとなると結構忙しい。パンを取りに行くと下に住んでいたワイン親方が居てあいさつした。隣町までパンを取りに行着続けていることをもう一つ認知していなかった。足に疲れもあるので軽く走ってからあとは先に延ばした。

考えていたのは期限の迫ったデジタルコンサートホールの使い方とハムブルクの計画だ。勿論「春の祭典」に続いて「影の無い女」のお勉強を始めることなど時間計画を立てないと間に合わない。クラフトのティムパニー協奏曲の映像録音はYouTubeにあり、「ウェストサイドストーリー」はどうしようか。

DCHのアーカイヴから先ずはオープニングコンサートの三曲である。ラディオ放送だけは馴染みなのだが映像は部分的にしか知らない。あとはリサ・バティシュヴィリとヤルヴィのシベリウスを見よう。コパンツィンスカヤのリゲティ、ブーレーズのエクラ、それ以上にこれといった演奏会は見つからない。

昨年に続いて、オペラ賞のノミネートした。選んだのは、合唱団をバイエルン国立劇場少年少女合唱団と昨年の本体に続き今年はオテロでの素晴らしい活躍に一票。クリスマスの挨拶のヴィデオを見ても子供らしいさを残したところがなかなか味のある歌になっている。指導者が偉い。

指揮者は毎年続くが、どんなにラトルの「パルシファル」が良くても、その質だけでなく仕事量でペトレンコを挙げないわけにはいかない。

デザイナーはどちらでもよいのだがバゼリッツを挙げておいた。舞台との関係やそれを差し引いてもやはり芸術の力として圧倒的だったと後になって思う。オペラとはあまり関係ないが場を形成したことには間違いない。

演出家には、フランクフルトのクラウス・グートを外せなかった。勿論完成度からすれば「オテロ」のアメリエ・ニールマイヤーで決まりなのだが、こちらは敢えてニューカムマーで挙げておいた。

女流歌手では、「メリーウィドー」のマルリス・ペーターセンである。その他シュテムメやカムペの素晴らしい歌があったが、主役としての役作りなど秀逸だった。歌の力だけでなくて総合的に金のとれる歌手である。「ルル」の時よりも表現力が優れていた。

生涯活動では、「パルシファル」での演出を見てディーター・ドルンを推挙した。評判は良くなかったが上手く力の抜けた表現で、流石だと思った。

男性歌手では、フィンレーやカウフマンの可能性もあったがやはり「パルシファル」のゲルハーハーの強い印象を思い出すと選ばずにはおれない。

ニュープロダクションは文句なしで「オテロ」にした。演出などを全て含めて、中々これだけの新制作にはお目に掛かれないと思う。ケチをつけるとすればプログラム冊子をもう少し考えて欲しかった。

オペラカムパニーには初めてバーデンバーデンの祝祭劇場を推した。復活祭扱いでもよかったが、テーマが不明だったので、今後のことも考えて、オペラ団体として名を出しておいた。

管弦楽団に、ベルリナーフィルハーモニカーにはお預けとしておいて、バイエルン国立管弦楽団で間違いない。



参照:
旨味を引き立てる香味 2017-12-26 | 料理


by pfaelzerwein | 2018-12-25 02:26 | | Trackback

待降節の輝きの時

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木曜日に行われたチャリティーコンサートの短いニュースフィルムが人気だ。前回は2016年の待降節だったがその節の短いヴィデオはDLしたかもしれないが記憶がない。今回も当日は忘れていたが、土曜日になって初めて気が付いた。そこで歌っている少年少女合唱団は先の「オテロ」の舞台で活躍した座付の合唱団である。とても評判が良かった合唱団である。

「オテロ」の最終日が翌日に迫っている中で、管弦楽団はともかく子供の合唱団をよく使ったものだと思う。それほど曲数がないとしても交換要員がいるとしても連夜の本番になる。管弦楽団も正規のメムバーどころかコンツェルトマイスターから次席まで出ていて、本番の要員と変わらないどころかホルンなどはデングラーが受け持っていて、目的があるとしても100ユーロ以上の料金を取るだけの価値があるようになっている。それにしても数秒に満たない演奏風景の断片で訴えてくるものも少なくない。いい具合にムジツィーレンして、いい具合に温もっていて、それが的確な指揮とともに余計に細やかなとてもいい歌いくちになっている。

感心していたら、自身の予定を思い出した。思わずクリックしてしまったのだ。私はけちな人間だから衝動買いなどはしない。だから待ちかねたように、否、完全に忘れかけた時にオファーのメールを貰って、我慢できなかった。正月早々忙しくなるが、もう一日余分に出かけることにした。上のヴィデオを見て再びスイッチが入ってしまった。

早速久しぶりに開ける「春の祭典」の楽譜を通した。このブージーアンドホークス社楽譜を購入したのはヤマハに違いないが、確か演奏会の準備というよりも当時話題になっていたLPを購入したときぐらいだろうか。アバド指揮のものの前にティルソン・トーマス指揮やら、マゼール盤、メーター盤、更にショルティー盤などが評判になっていた時の少し後だと思う。もしかするとラトルがユース管弦楽団を振ったデビュー盤を獲得した時かもしれない。久しぶりに見てとても読みにくかったのを思い出した。

そして今回初めて出かけるエルプフィルハーモニーでのクリーヴランド管弦楽団の演奏を聞いてみた。これがまた変わった音響でなっていて、よくシステムの各段が聞こえる反面、合奏ということではかなり妙な演奏になっている。最初の難しそうな付点音符なども流石に上手に吹いていても、詳しくはじっくりと楽譜で合してみないといけないと思った。指揮しているメストが、自身の故郷リンツでの初演を聞いていて、後半で出ていくお客がいたと話している。文学的な解釈を心掛けていたようだが、リズムの扱いとアーティキュレーションが少し違うように思った。

今回演奏するのはティーンエイジャーのユース管弦楽団で幾ら繰り返し練習しても正しい音出しだけでも大変だろうなと思うところもあり、ペトレンコがどこまで纏めてくるか興味津々だ。どこをどのような順序でものにしていくかの経過も興味が尽きない。ある意味我々聞く側にとってはその過程をつぶさに見ることが出来るかもしれない。要するに玄人のように誤魔化しに慣れていないだろうから、あの厳しい指揮にどこまで食いつてくるのか、そのためにどこまで丁寧な指揮をしてくるのかなど、好事家には見逃せなくなってくる。

家の新しいシャンデリアの写真を上げておこう。それ以前は何のとりえもない便所の電燈のようなものがついていたのだが、一挙にバージョンアップした。現状では少し明る過ぎるが、電球が切れたり電気代が高騰するとなれば ― そこで話していたノルウェーのおばさんの故郷のようにドイツは裕福ではない ―、電球を落としたり何らかの処置がなされるだろう。しかし今は冬場でありとても喜ばしい輝きだ。



参照:
記念劇場見学の日 2018-09-30 | 雑感
光を有効に使う方法 2015-12-13 | 生活


by pfaelzerwein | 2018-12-24 00:22 | | Trackback

パーティの王のケーキ

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金曜日の夜は自宅でパーティーだった。自分はやらないが家屋の下から招待状を貰ったのでいかないわけにはいかない。現実的に自宅にいて、下で騒がれて、ゆっくり出来なく、また籠っているとなるとやはり印象が悪い。そもそもパーティーの目的が近所付き合いのためということなら尚更だ。

正直なところ、何か持っていかないわけにもいかないので、その前にワインを試飲購入してきたりとこの忙しい時に時間の都合が必要だった。若干面倒な思いもあるのだが、近所付き合いは困ることもあるだろうから、やはり欠かせない。

結局18時から始めて、就寝したのは25時過ぎだった。悪いアルコールをチャンポンで飲んだが、シカ肉などを食したのでそれほど悪酔いはしなかった。しかし食事のためか下痢症状になった ー 果物と香料のパンチだ。仕方がない。

結局同じ屋根の下に住んでいる者は私を入れて二人だけ参加で、同じスクエアーの別棟の夫婦、ゼクトを持ってもう一人挨拶して直ぐ帰っただけだが、延べ20人ほどは来ただろうか。まあまあ賑やかで、もし私が招待されていなければ文句が出るほど騒がしかった。

興味深い話では難民問題で、難民申請の僅かな部分だけが本物で、それ以外は経済難民だとか、尤もな話で、強制送還よりも刑務所に入る方を選ぶとか、それ自体は全くご尤もな話しもあった。問題はそれらの事実関係を精査して、国の方針としてどのように対処するかだけでしかない。そうした考察の背景に、難民宿舎などの扱いの状況が悪化して、人権問題だとなる - つまりいま日本などがやろうとしている奴隷化への懸念からの議論である。

また興味深かったのはノルウェーからの移民のおばさんが作ってきたアーモンドケーキで、「王のケーキ - Norsk Fyrstekake」と呼ばれるものだった。その人の出身がアルミニウム産業の中心地で、全て水力でやっていたというが、温水プールだけでなく、日本と同じように不夜城だたっという話だった。日本も同じようなことだったと話した。そして一人当たりの生産量世界一のその豊かさはおばさんが驚くほどで、従来の簡単な湖畔の家の後ろにはハリウッドのような豪邸がそこら中に広がっているということだった。だからドイツなどの専門医が移住しているという話だった。

パーティーの前に八百屋で買い物を済ました。次回はクリスマス後の来週の木曜日である。そしてワイン屋に立ち寄ってパーティに持っていくワインを物色した。ヴァッヘンハイマーリースリング2017だった。そのほかにフォルスターリースリング2016の残りを買っておいた。

そして郵便箱に入っていた発注したケーブルを回収して、設置してみた。LANケーブルCat.6の製品だ。繋いでみて驚いた。付属のケーブルがCat.5eでルーターの性能からすればそれで十分の筈だったが、これに比べて送信周波数が250MHzと付属品の100MHzから伸びている。そして実際に使ってみると数値的には必要ない筈なのが、それこそ2倍以上の速度が出ている。つまり最初に使っていたCat.5からすると間違いなく10倍の速度である。これで先ず内臓HDDと同じようにNASが使えるようになった。Audacityの読み込みもあっという間に終わるようになった。これはとても喜ばしい。



参照:
興業師からのご挨拶 2018-12-21 | 文化一般


by pfaelzerwein | 2018-12-23 00:29 | 料理 | Trackback