タグ:ヴァイオリニストもカラヤン二世指揮者の友達のような最低の奏者 ( 1 ) タグの人気記事

なんと、やはり生演奏会

パリでの公演「利口な女狐」のヴィデオを観た。ざっと流しただけだが、バレーを上手く使って、動物と人間世界の差が不自然でないような印象を受けた。そしてパリの管弦楽団が素晴らしい音を響かしていて、流石に座付き管弦楽団とは違うなと思わせ、指揮者の譜読みを綺麗に音化していると思う。それだからといって歌を邪魔しているようには聞こえない。それでも一幕の鶏の革命騒ぎのとこらでのアンサムブルは名座付き管弦楽団のようには行っていないようだ。

一幕で更に気が付いたのは二拍子系と三拍子系が上手に組み合わされていて劇的なアクセントを付け加えていることと、そこに三連符、四連符、五連符が散りばめられることで、言葉の抑揚も綺麗に収まっている。そして管弦楽は独奏的に中々難しそうだと改めて感じた。

更に二幕三幕と細かなところを見て行く前に、上の公演の全体の印象は、決定版かといわれると少なくとも演出面でも折角フィナーレで弧を描くように輪廻する筈が、その意図や効果は見当たらない。これは、ヤナーチェックを十八番とした指揮者マッケラスの譜読みにも係わっているのかどうか、より詳しく見ていかないと判断出来ないだろう。

少なくともヴォーカルスコア―を見る限り、チャールズ・マッケラスは楽譜にない何かを根拠として演奏しているところがあり、そこに正当性があるのかないのかを検証しない限り、手放しでは称賛し難い。一度流したぐらいではその根拠は見出せなかった。

土曜日のルクセムブルクでのコンサートには、ベルリンでの公演のヴィデオは間に合わなかった。そもそも演出ものであるから映像と音響の編集に普通以上に手間がかかることは予想できたのだが、生放送では真面に再生可能かどうか心許なかったので、生では観なかったのが間違いだった。年内のお愉しみとしよう。

金曜日のバーデンバーデンでのゲヴァントハウス管弦楽団の公演はネットを見るとがら空きのようである。ほとんど売れていなかった90ユーロの席に滑り込んだ。因みに私が購入したのは19ユーロのサイドのバルコニー席だった。四割りほどの入りで、よほどゲヴァントハウス管弦楽団は西ドイツでは評判が悪いのかなと思った。案の定メンデルスゾーンのヴァイオリニストも、最近話題のカラヤン二世指揮者のお友達のような音楽的に最低の奏者で、メンデルスゾーンでさえ子供のように弾けずに殆ど下手な学生オーケストラの奏者のようだったが、それが調子に乗ってバッハのパルティ―タをアンコールするものだからとても酷かった ― 明らかにサクラが入っていたようだった。それに合わすかのように、楽団はミュンヘンの同僚とは比較にならないほどの下手な合わせで、卒寿のご老体も適当に振っていたので、これはどうしようもないと肝をくくったのだった。ドレスデンやベルリンどころか、到底小編成のNHK交響楽団程度に及ばないと感じたのだが、ブルックナーの大編成になると全く事情は異なった。吃驚仰天した。あのメンデルスゾーンでの分厚いようなリードのオーボエに代表される鈍重な音は一体何だったのか?(続く



参照:
新鮮な発見に溢れる卒寿 2017-10-27 | 雑感
親しみ易すすぎる名曲 2017-10-24 | 生活
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by pfaelzerwein | 2017-10-28 07:17 | 文化一般 | Trackback